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2008年12月6日土曜日

木に登るおさるさんは誰?



記11月30日(日)
子どもたちと約束の日曜日。
ちゃんと来てくれるかなぁ・・・と心配ながらに待ち合わせ場所で待つ。
5分くらい遅れて、子どもたち第1弾が到着!
「待った?」
なんて、子どもたちは時間に正確なのだろうか?
1時間は待つ覚悟をしていたので、すばやい登場にびっくり。
集合場所まではバイク。
小学生だというのに、みんなバイクに乗っている。気をつけてね!って感じだ。
私が持参した竹とんぼを飛ばして遊んだり、近くの川に笹の舟を流したりして遊ぶ。
私はマンゴーが好きだといつもいっているので、近くの木に登りマンゴー狩り?
マンゴーの木はよくしなる。
2mくらいの高さは平気で登っていくので、落ちないかとハラハラしながら私は下でマンゴーをキャッチする役だ。
あっという間に2時間が経ってしまった。
日本の歌を教えてほしいと言われたので、キャンプでおなじみの「幸せなら手をたたこう」を歌った。
この歌なら、インドネシア語版もあるのでリズムが分かりやすい。
キャンプで子どもたちに歌を教えていたときのように、野原でおもいっきり歌ってみた。
みんな大さわぎ!

キャンプ場はもう冬だろうか。
暑いこの国で、日本の冬を思い出すといったらやはりキャンプ場の冬だ。
寒い外気に震えながら、暖かい鍋を囲む・・・
2年後までおあづけ。

村の講座に参加


記11月27日(木)
 講座を開くのに、何を行うのが村人にとって役に立つのかを考えている。
そんな話をすると、ちょうど今日村で講座が開かれるので連れて行ってくれるという話になった。
こんなチャンスは滅多にないと思い、早速同行することに。
村人の仕事の事情があるため、たいてい識字教室や講座は夕方開かれる。
 何度か通ったことのある市だったが、範囲は広くその地域には初めて足を踏み入れた。
 小麦粉で作る揚げ菓子で、日本のかりんとうに似ている。
小麦粉は手に入りやすい食材なのだ。
子どもたちも含め、20人くらいの人たちが集まり、実際にこの菓子作りに参加していた。
その奥では、ティカール(日本のござのようなもの)を作っている主婦たちもいた。
 女性の働く場所がないという事が悩みのようだ。
だからこうして、お菓子を作り市場で売ったり、ティカールを作って売ったりしている。
村人たちの雰囲気がとても良く、協力して作っていたし何よりたのしそうに活動していた。
こういう姿を見るのは、とても気持ちがはずむ。
こうやって、現場に来るとなんとか力になりたいなと、すごく熱い気持ちになる。
 少しでも、この村人たちの役に立てるようなことができるようになる日が来るといい。

村人とおしゃべり


記11月26日(水)
 午後は、初めてPAKETの授業風景を見学。
PAKETA(小学校の勉強)は、10歳から17歳くらいまでの子どもたちが居た。
PAKETB(中学校の勉強)では、15歳から23歳までの人がいた。
いずれも、20人のクラスだそうだが、実際に来ているのは10人弱。
昼間は何をしているのかと聞くと、家の手伝いでご飯を作ったり洗濯をしたり・・・という。
 なかなか授業に参加しない人が多いので始まる前に先生が各家庭に呼びにいったりもするそうだ。
今日はこれでも出席率は高いらしい。
ちょっと話をしたが、なかなか難しいものだ。
この子たちが、普通に学校で勉強できる環境なんて本当に作れるのだろうか?
まだ想像もつかない活動の先を考えて、途方にくれてしまった。

 夕方、自転車で散歩。
自転車で巡回できる識字教室へ行く。
その途中、何度か道端で話して日本語を教えたことのある中学生の集団に出会う。
いつもは、私の家の近所で遊んでいるところに私が出くわし、日本語を教えていたので彼らの家がこの近所だとは知らなかったのだ。
 雨が降ってきたこともあり、雨宿りをしながら雑談。
さすがは、子どもたち!日本人や私に対して興味津々だ。
宗教のことが気になるようで、仏教のお祈りの仕方や、お祈りの言葉を教えてとせがまれた。この国では私は仏教徒ということになっているので、一通りの話をする。
 何度か日本語を教えただけだったのだが、今度は定期的に教えてほしいとリクエスト。
早速今週日曜からという約束になった。
本当に日曜に来るのかな?と半信半疑だが、楽しみでもある。

 そうこうしながら、村へ。
この識字教室は以前にも紹介した東屋のような屋根の教室。
もちろん大雨の今日はそこではできず。
雨のため、教室も休みかと思いながら急いでいってみると、建設中の建物の開いている空間を利用して学習していた。
文字を書く練習が主な授業。
雨で参加者も少なかったが、来ている生徒は真面目に勉強していた。
学習も6ヶ月目になるので、かなり個人差がある。
字を見るのも難しいような年齢のおばあさんが熱心に学習している姿にはいつも感心させられている。
 雨で授業は早くきりあげ。
雨なので、夕食の準備を早めにするとか。
 私はというと、ある一軒の家に寄り、お茶タイム。
村人の一般的な反応として、初めて見た日本人に興味を持ってくれる人と、近寄らない人の二種類があるようだ。
この村は農民が多いとのことで、日本では農家が成功していると言う話が有名らしい。
日本へ出稼ぎに行きたいと思っているというおじさんが、私に興味を持って家に寄るようにと促してくれたのだった。
 こういう人と出会えると、次回からの訪問も行きやすくなる。
寄る家ができたからだ。
いろいろと日本の話に花が咲き、日本代表としてあれこれ話すのだが意外にあやふやなことが多くて返答に詰まることもしばしば。
日本の農業はどうやって発展したのか?
私の家も農家だけど、そういうことはまったく知らない・・・

村生活は刺激があって面白い。

ある少女の話

         記11月26日(水)
 事務所で仕事をしていると、16歳の女の子がPAKETBの資格証明書を受け取りに来た。事務所には私しかいなかったので、対応することに。
証明書の受け渡しは担当者しかできないので、少しここで待つように話し、その間私とおしゃべり。
彼女はタナトラジャ生まれだが、家の生活が苦しくトラジャでは生活できずに家のために、タカラールにいるおじを頼ってきたそう。小学校1年生から今までずっと、両親と離れて暮らしている。
タカラールでは、親には会えなかったが、小学校・中学校と進学させてもらえたそう。
でも、UJIAN NATIONAL(国家試験)で不合格になってしまい、中学校を卒業できずに再度試験を受けたそうだ。
この子の話では、この試験に79人の生徒が不合格だったそうだ。
まだこのシステムについては私自身良く分かっていないので、フォーマルの学校の生徒も合格できずに再受験をしてるなんて初耳だった。
 無事合格ができたので、1月にはトラジャに帰り、そこの高校に進学できるとのこと。
やっと家の人と暮らせるんだよと、とても嬉しそうに話してくれた。
どんなに家の事情が厳しくても、高校だけは卒業するんだよと話をして分かれた。
 彼女のような、日本で言う複雑な事情を持つ子どもたちは多いのだろうと思った。親を助けるために、親を手伝うために、彼女なりにできることをしているのだ。
こういう子どもたちが、いったいどれくらいいるのだろうか?
聞くたびに、本当に胸が痛い。

日本文化祭

記11月21日(金)
 マカッサルにある観光学校で開かれた日本文化祭。
学生を対象に行った。
南スラウェシに住む隊員が集合し、行う。
地元でやっていたインターナショナルフェスタや、PIF、キャンプでよくやっていたようなスタイルの行事だ。
 すでに企画してくれているものを手伝うような形の参加だった。
隊員間では初めての企画ということだったが、こんな感じでやれるのなら日本に居たときと同様な感じで企画運営ができそうだと実感。
 おもしろいことになりそうだ。

勉強机のその後

       記11月18日(火)
 新しい机を買うといっていたが、夕方突然パパが直すといって、とんかちを握っていた。
部屋から机を出し、釘をうちまくる。
 しばらくトントンしていたが、直った!
と一言。
筋交いのようなものはないので、釘で支えているもののみだが、一応再び使えるようになった。
重いものを乗せるとまた崩れてしまうので、注意して使うように言われた。
見栄えは悪いが、確かにまだ使える。
やたらと釘を打ったので、机の上は釘の頭があちこちにあるが、下敷きのようなものを使えば机の上でノートに文字を書くこともできそう。
 ただ、この机の上でPCを使うのは避けたほうがよさそうだ。
机の中の引き出しは使わないことにした。

多少の不自由はあるが、すぐに捨てずに直して使うのはいいことだ。

UJIAN NATIONALPAKETA・B

              記11月18日(火)
 今日から3日間、PAKETA(小学校)PAKETB(中学校)の卒業資格試験が行われる。
PAKETC(高校)は、県内で1箇所だけの試験会場だったが、今回は2箇所に分かれている。
受験者が遠方から来るにはお金と時間がかかってしまうので、そのための配慮らしい。
 上司と共に2箇所をまわる。
受験希望者は50人以上いたのだが、実際の受験者は10人足らず。
それぞれいろいろと事情があるようだ。
試験会場では、ここではお知らせできないような現場をみてしまった・・・
 でも、それが現状なのだなぁ・・・と同時に考えさせられた。
日本の価値観では決してやってはいけないことだが、ここではその価値観は通用しない。
受験会場に来たということだけでも、意欲があるということのようだ。
どうしてそういった現象が起こるのかと考えていくと、PKBMに満足に通えない現状がある。その理由を突き詰めていくと、貧困につきあたってしまうのだった。
 だから、この問題は難しいなぁ・・・と感じる。
日本の価値観を持って、ダメ!とは言い切れないのである。
ダメなことは分かっている。
でも、どうしてそうせざる終えないのか?
それをさせないためにどう対処すればいいのか?
 
 考えれば考えるだけ、変えるのは難しいと思ってしまう。
いろいろと考えさせられた。

 今日は同課に勤めていた一番仲の良かった同僚が、国家公務員に合格した。
登録制なのか、2004年から待っていたそうだ。
その間、学校外教育課で臨時職員のような形で働いていたとの事だった。
今朝も普通に仕事に来ていたが、突然決まった?そうだ。
全部で12人の採用があったという。
どういう手順を経て国家公務員になるのかはまだ分からないのだが、こんな風に突然決まるのだろうか?謎だ。(私の理解不足なだけだと思うが)
 とにかく、学校外教育課全員が喜んで、おめでとうの嵐だった。
私としては、一番役に立つ人材がこの課から去ってしまうのが惜しくもあるのだが。
でも、念願の国家公務員に本人はすごく喜んでいたので、もちろん私もおめでとう!と言っておいた。

2008年11月20日木曜日

勉強机を壊す?!

       記11月17日(月)
 自分の部屋には、勉強机が置いてある。
今日は午前中に地震の話で気が散ってしまい、ろくに仕事をしていなかったので夕方に思いなおして机に向かう。しばらく作業をしていると・・・
机のある壁の上のほうに釘がさしてあるのだが、その釘と紐を使って部屋の模様替えを思いついた。
気晴らしもかねて模様替えをしようとしたところ・・・
 釘の位置までは背が届かないので、机に乗ろうと片足をかけたところで、なんと
木製の机がグチャ
という音を立てて、崩れた。
机の上に当たる板がそのまま下に落ちたのだった。
机の上と引き出しにあるものは全てなだれ、机の板は曲がってしまった。あちゃ!
 聞くと、天板のように、ビスで簡単にしか留めて作られていないので、机の上に乗るのはダメらしい。つい、日本の感覚で大丈夫だろうと乗ってしまった。
体重が増加?していたせいもあるのかと思い、やってしまったぁ・・・
と思った瞬間には机の上と机の中にあったものがたたましい音を立てて落ちる。
その音を聞きつけてイブとイブの娘のDが駆けつけた。
壊れた机の前ですっかり気落ちしていると、「大丈夫!気にしないで!」と言ってくれた。
本当にたいしたことはないと言う感じの対応で、「パパが帰ってきたら壊れたって言えばいいよ」と言う。
 本当にごめんなさいと思いながら、パパの帰りを待って話をすると、「あーごめん!かなり古いから、気にしないで!今度は新しい丈夫なのを買うから!」とにこやかに言う。
神妙な顔つきだったようで、それを見ていたママは大笑い。
「今週はついていないね!(PCも1回壊れかけたし!)」
と、爆笑しながら慰めてくれた。
 確かにかなり使い込んだ机だったけど、普通に使っていればもう少し使えたのに。考えの足らなかった私。
日本に居たときからのことだから、やっぱり直らない!
ここでも、こわしちゃいました!
(これを見て爆笑している人が目に浮かぶようだ・・・とほほ)

寛大なホストファミリーの対応と、Tidak apa-apa(大丈夫だよ)と言う言葉に今日ほど励まされたことはないと思う。
こんなおおらかなインドネシア人、いったいどんなとき怒ったり困ったりするのだろうか?

地震の影響はなし!

       記11月17日(月)
 朝会社にいると、日本のKさんからTEL。
スラウェシ島で地震が起こったとのニュースが日本で流れたとの事。
心配して電話をくれたのだった。
別の島に居る同期隊員からも大丈夫かと連絡があった。

 こちらでは、地震があったという情報は全くなく、いつも通り出勤していた。
もちろん、同僚との話題にも出てはいなかった。
電話の後、あわてて同僚や教育局の人に確認するが誰も地震のあったことは知らなかった。
ネットも見られないので正しい情報も分からず。
 ネットのできる隊員から正しい情報が送られてきて、北スラウェシでの地震だという事が判明。
ちょうど同期隊員の派遣されている県だったので、心配していたが連絡が取れ無事だという。

 同僚に話すと、北スラウェシで地震は良くあるとの事。
でも、南スラウェシは安全だから大丈夫だよ。と、かなり楽観的に話していた。
地震の怖さを知っている日本人だから、隊員たちはかなり神経質に心配していたが、現地の人たちはどこか遠い国で起きた話のように、関心のない様子だった。
 きっと、日本でニュースを見た人たちには、心配をかけてしまったのではないかと思う。
これから、余震などに注意をしなくてはいけないけれど、今のところ何の影響もなく安全にタカラールで過ごしています!
TELやメールをくれた方、ニュースを見て驚かれた皆さん!
ご心配かけました!

PCの不調にドキドキ

    記11月16日(日)
 昨晩からつい先ほどまで、PCが使えずどうやったら直るのかと、隊員仲間に聞きまわっていた。
電源を入れたまま、長時間使用しなかったため、スリープモード(省電力モード)に自動的に切り替わったのだが、そのあとの再起動がうまくいかなかったのだ。
 以前も何度かこういう事があったのだが、その時は説明書の通り操作してできた。
今回は、説明書の通りに操作してみても動かなかったので、また違ったキーでも押してしまったのかと思ったりしていた。
 でも、今回ばかりはどうやっても動かずに、このままPC使えなくなったらどうしよう・・・とかなり心配してしまった。PCが使えないと、こうやってブログの更新も出来ないし、インターネットもしづらくなるし・・・
 かなり憂鬱になりながら昨晩を過ごした。
夜中に起きていじってみたけど、だめ。
今日はほぼあきらめていたのだが、さっき試しに操作してみると、今までと違う反応が・・・
なぜだ!
みごと、復活!
原因は分からない。と言うことは、また同じようなことが起こるかも。
でも、また使えるようになってよかった!(壊れたわけではないと思うけど)

日本からの便り②



            記11月15日(土)
 元同僚で、協力隊OGでもあるTさんからの小包が届く。
消印は10月8日。実に1ヶ月以上かかっている。
とはいえ、送ってくれていたことはE-MAILをもらっていたので知っていたのだが、なかなか自宅に届かないので、しびれをきらし今回も郵便局へ行ったのだった。
小包の出荷番号もすでに聞いてあったので、その番号を告げると調べてみるからと、郵便局員は言い、隣の部屋の荷物の収集所へ。
 なんとなく、荷物の積んであるダンボールの山をみわたすと、そのダンボールの一つは、なんと懐かしい日本語で「徳島にんじん」と書いてあるではないか!
中を見るまでもなく、これは日本からの荷物・・・つまり私宛の荷物だ!と説明をする。
一体この郵便局に何日保管されていたのだろう。
日本からはいくら遅くても1ヶ月以上はかからないはず。
とはいえ、保管されていただけでもラッキーだ!なくならなかったのだから!
いつ着いたの?と聞くと、しばらく考えてから、今日!と郵便局員の返事。
そんなわけないじゃん!と思いながらも、無事届いたからまぁ、よしとしようと深い追求はしないでおいた。
 すぐ持ち帰りたいからとサインをして持って帰ろうとし、自転車のかごに入れたら配達員が、配達しておくよ!とバイクに乗せてくれた。
バイクに乗せてある他の荷物を見ると、どうやら私の段ボール箱と共に、何日も放置されていたと思われるものたちだった。
やっと配達する気になったのか!という感じ。
でも、無事に届いた!!
 
 家に帰って早速開封。
箱の中には、日本製品がいろいろと入っていた!
それも、なんでこれが欲しいってわかったの?というものが、入っていてびっくり!
(かかとやすりとか、耳かきとか)
そうなんです!水浴びしかしないし、サンダル生活だから、かかとがざらざらなのだ。
何で分かったんだろう・・・
恐るべし元隊員。
その他、お好み焼きセットや味噌汁、のりなど、嬉しい日本食が!
そのバラエティの多さにいちいちびっくりしながら、すごく嬉しくなってしまった。

 学校が忙しい中、送ってくれた元隊員に大感謝!
そうそう、なんといってもこの派遣、受験のきっかけを与えてくれたのも、その後の相談に乗ってくれたのも、この夫婦なのだ。
彼女たちの隊員生活を聞くにつけ、派遣に胸膨らませていた。
自分も行ってみたいな。行けるのかな?と。
そんな日が懐かしく、今実際にこうして任地に居る自分をとても不思議に感じている。
 人との出会いと、ふとしたきっかけで、予想もしていなかった未来にたどり着くこともあるのだ。

川遊び





            記11月13日(木)
 前に、Musim Hujanの季節になったと書いたが、実際はこれからが本格的になるようだ。本当に雨の季節になると、一日中雨が続くよう。
今は季節の変わり目で一日に2時間くらい強い雨が降る。
今日は一日良い天気だったのだが、昨日の雨で家の隣にある小さな川には水がたっぷり!
こんないい状況を子どもたちがほおっておくわけがない!
 昼寝をしていると、子どもたちの声。
早速外に出てみると、最近仲良くなった近所の子どもたちが川遊び。
ゴミとその他の汚水も流れていて、決してきれいな川とはいえないのだが、子どもたちにとってはおかまいなし。
どこからかボールを調達してきて、大はしゃぎ。
写真の子どもたちは、小さく見えるが、中学2年生を筆頭に小学校高学年の子達だ。
ここの子どもたちは日本より3学年程体が小さく見える。
初めて会ったときは小学5年生位かと思いながら、それとなく学年を聞いたら中2だと言われてびっくり!
日本の子どもたちより発育が悪いのか、民族的に小さいのか分からないが、サイズは小柄だ。
 小学校4年生くらいになると、川で遊ぶ仲間に入れてもらえるよう。
3年生以下は危ないし、まだ幼いからと言うことで、泳がずに遊んでいるのを眺めている。
子どもたちは大はしゃぎで、嬉しそうに遊んでいる。
遊ぶ姿はどの国の子どももかわらない。
貪欲に、時間を忘れて遊んでいる。

その後は、サッカーとバレーボールをやるので一緒にやろうよと誘われ、近くの空き地へ。
バレーボールがうまいと子どもたちに認められたので、これからは遊びに誘ってもらえそうだ!

やっぱり、子どもたちと一緒の時間が一番楽しい!

雨の日の知恵



           記11月11日(火)
試験会場からの帰り道にベチャを使ったのだが、その途中で大雨に降られてしまい、すごいことに。
ベチャの運転手は、こういう時の雨宿り場所を良く知っていて、雨の降った瞬間に移動し、さっと屋根のある保健所の入り口に非難。
他にもバイクの人や、移動式屋台の人、さまざまな人が雨のやむのを待っている。
 そんな中で、ベチャにビニールのかぶせものをし、お客が濡れないように工夫をして運転をしている人もいる。
早く帰らなければいけなかったので、ベチャを乗り換え自宅へ向かう。
ベチャの中はむっとしたけれど、贅沢を言っている場合ではない。
こんな大雨の中、家に帰れること自体がラッキーだ!
 雨が降ると、2時間以上やまない日も多いのだが、この日は30分足らずでやんだ。
天気に左右され、いろいろと出来ることも限られてくるが自然とともに生きている感じ。
雨が降ると動けずに困る反面、やっと田植えの準備が出来るので農民にとっては恵みの雨だ。

UJIAN NATIONAL PAKET C





            記11月11日(火)
 朝からなんとなく課内が忙しい様子。
試験問題もさっき送られてきた。
会場が2箇所に分かれているので、試験問題、答案用紙も2箇所分に分ける。
 この試験は、通常の高校には通えなかった人が、PKBMで学んで受ける試験。
PAKET C =高校 の授業ということになるので、
この試験に合格すると、高校卒業と同等とみなされ、証明書がもらえるということだ。
日本では大検があるが、それの各学校向けの試験というところだろうか?
来週は小学校・中学校の同様の試験がある。
PLS課総動員して、会場へ。
 会場の試験監督は、TUTORや、会場高校の先生が行っており、私たちは試験問題の管理と、試験監督の管理だった。
試験教室は6箇所に分かれていたが、日本のような静寂した雰囲気はない。
試験中でも、高校生が構内でブラブラしていて笑い声が聞こえたり、試験に遅れてきた生徒が大声で話していたりする。
それにしても試験に遅れてくる生徒の多さにはびっくりした。
1教科2時間の試験だが、平気で30分以上遅れてくる。
試験全部解けるのかなぁ・・・と人ごとながら心配してしまった。
会場の廊下に居る同僚が、結構大声で話していてうるさかったり、教室内に入っては試験監督と大きな声でしゃべっていたりして、生徒の集中を妨げているんではないのかなぁとハラハラしてみていたが、特に気にしている様子もない。
それどころか、遅れてきた生徒は隣の子とべらべらしゃべってやる気がなさそうだ。
でも、試験監督は一つも注意らしいものをせず、いすに座っているだけだった。
日本との試験の仕方との違いに、日本の常識との差を感じた。
国の試験だというのにこんな感じでは、学校のテストなどはもっと集中に欠ける状況なのかな?
普段の生活を見ていても、集中力がなさそうだなぁ・・・という感じはしていたけれど、こういう状況が原因の一つなのかなぁ・・・と思ったりして。
集中するということが、どういう時間なのか分かる人が少ないのかもしれない(そんなことはないか?)
 この試験は1日2教科 1教科2時間で行われる。
14日(金)まで、毎日ここに通うことになる。

 一足先に私だけ帰宅し、夕方の巡回に備える。
夕方の巡回は、自転車で10分くらい。私の自転車散歩コースにあった!
こんな近くにKFがあったなんて!と思い、これから毎回通えそうで楽しみ。
家の近所でたまに話をする中学生の家の近くで、家の人がKFで勉強していた。
ここの教室は、わらの屋根で床は竹の東屋みたいなものだから、さっきまでの雨でずぶぬれになってしまい、勉強どころではなかったようだ。
 
 KF(識字教室)は12月までで終了。
雨が降るようになると、田んぼに水が入りうまく田植えができるとのこと。
この期間に田植えをし、稲を育てるので忙しくなるので、その前に教室は終了するそうだ。
1月から3月は大雨で洪水になってしまうとのことなので、教室が使えなくなってしまうし、集まるのさえ困難になってしまうようだ。

 終了後、担当者の家へ寄る。
おやつを食べながら、仕事の話をする。
いろいろと話を聞けたのでよかったが、やはり援助の仕方に関しては、お金の支援を遠巻きにお願いされてしまった。
いままでよく協力してくれた人だけに戸惑ったが、その都度協力隊の仕事内容を話して分かってもらうしかないと思い、以前話したけど、と前置きして何度目かの同じ説明をした。

 生活向上のために、できることって、なんだろう・・・?
村人が、どうやってお金を稼ぐことができるのか?
今の私の仕事は、その仕事(職種)を見つけることだ。

1冊の日記帳



       記11月10日(月)
 タカラール赴任してから1日も欠かさずに記入してきた日記帳。
この青いノートは私が出国する数日前に、元同僚(と言っても先輩)の人から2年間の出来事をぜひ書きとめてね!と手紙と一緒にもらったものだった。
 タカラールに赴任となった、8月1日から昨日までの出来事が、このノートには綴られている。
日記と言うより、思いついたことをいたずらに書き込んだにすぎないようなものだが。
毎朝誰もまだ出勤していない事務所で、前日の生活を思い出しながら書いていたのだ。
嬉しかった事や困ったこと、時には日本のことを思い出したこと、その他にもあれこれと書いてある。
今は読み返したりしないが、数年後に読んだら面白そうだ。
 たまたま妹が送ってくれた荷物の中に、この青いノートと色違いのピンクのノートがあったので、2冊目の日記帳はこのピンクのノートにした。
青いノートをくれた元同僚が、日記帳がなくなる頃にはまた次のを送ってくれると言っていたので、楽しみに待つこととしよう!

SKBでの講座見学


          記11月11日(火)
 PLS課でSKBの会議室を使用することになり、上司とみんなで向かう。
SKBには赴任後すぐに挨拶にいったきりだったので、今日は施設内もじっくりと見学。
同期隊員の勤務している県のSKBとは比べ物にならないくらい施設は古く設備も何もなく、きっとあまり活発には使われていないだろうなぁ・・・という感じ。
 会議室には、50席以上の椅子が並べられる広さがある。
だが、天井には大きな穴があいたまま、電気も壊れたままついていないし、もちろんクーラーはついていないので、すごく暑い。
(タカラールではほとんどの施設にクーラーはない。私の職場も扇風機で暑さをしのいでいる。県の教育局内では、唯一県の教育長の部屋にだけある)
 この施設では、県民のために講座を開くことが仕事で、PLS課の仕事内容と同様な部分が多い。
 
 今日はPLS課の下部組織にあたるノンフォーマルの幼稚園、フォーマルの幼稚園両方の先生たちが集まって、会議。
韓国から派遣されている隊員の講座第一回が開かれたのだ。
3つの市から、40人くらい集まっていた。

 明日はUJIAN NATIONAL(国で定められている試験)の日だ。
私もPLS課の一員として、会場に行くことになるので楽しみだ。

卒業試験直前講座




      記11月9日(日)
 昨日に引き続き、PAKET Cの入試に向けての説明会に参加。
今日は入試直前講座という感じで、各教科の過去問を使い学習するものだった。
問題自体が難しいこともあり、学校を中退して授業を完全に受けていない人にとっては、難しい問題ばかりだったようだ。
ほとんど答えを写すような形で、実際の試験が危ぶまれる。
でも、すべてマークシートなので、なんとかなるのかな?
 この授業の講師として、私立高校の先生が何人か来ていて、その人たちと話をすることができた。
特に仲良くなったのは、女の英語の先生。
英語とインドネシア語をミックスしてお互いしゃべった。
私立高校の時間講師?をしているのか、給料は時間給だということだった。
その給料があまりにも安すぎてびっくり!
1時間の給料は、金額にするとなんと缶ジュース1本分。
びっくりして、最初私が数字を聞き間違えているのかと思った。
すごく安いので、彼女はどんな風に暮らしているのかと、心配になる。
私の課の担当しているKFのTUTOR(識字教室の先生)は給料が少ないと聞いていたが、この人と比べたら、すごくいい給料だ、比べられないくらいだ。
その上、大体TUTORは他の仕事もかけ持ちしているので、生活できるくらいの給料は入っているという。
 日本の教員の給料は高いのか?と聞かれたけど、思わず言葉を濁してしまった。
彼女の給料の何十倍ももらっていたとは、どうしてか言えなかった。

 45分くらいで次の科目へ。午前中いっぱい学習をしてお昼休み。
午後も授業があると聞いていたのだが、参加者がいなくなった?とかでお昼で終わってしまった。
帰りながらお昼はこの市のマネジメント担当の人が COTO KONRO(肉の煮込みスープ)をご馳走してくれた。(写真のもの。本当はもっと肉が入っている。私は苦手なのでと言って減らしてもらった。)
COTOは南スラウェシの名物で、隣の県のジェネポントでは、馬肉、タカラールやマカッサルでは牛肉が使われる。内臓を煮込んだものもあり、注文時にどちらか選べる店が多い。
今日は水牛の肉が骨のついたまま入っているスープだった。
あんまり得意な食べ物でないと思っていたが、スープは確かにおいしい。
肉はあまり食べなくても、スープだけで十分おいしかった。
ご飯を食べていると、急に大雨になり店でやむまで待つことに。
その間にいろいろと話をすることになり、また新たに分かったことが多かった。
ご馳走してくれた人は、私の上司のお兄さんで、よく事務所では会っていたが個人的に話をすることはあまりなかった。
どんな人かと思っていたのだが、私のためにゆっくり話してくれたり、何度か繰り返して話をしてくれたりととても親切な人だった。
 話によると、お兄さんは高校を終えてすぐに教員として働き、大学には行けなかったそう。その分弟は高校・大学をきちんと出ている。
だから、弟の方が大出世をとげ、今では自分の給料の何倍ももらっているとの事。
弟は車を持っているが、自分は持っていないから、君を案内してあげられない。バイクだけなんだよ。と話す。
今までは高校卒でも教員が務まったが、今後はそういうわけには行かないので、大学に通い直し?最終学歴をあげないといけないと言っていた。
 住んでいる所も、事務所の近くの街ではなく、村に住んでいる。
村の暮らしが好きで、バイクで村を回って仕事をするのが好きだと話していた。
ずっと話を聞いていたが、決して弟をうらやましがっているわけではないような気がした。
しっかりと自分の生き方を持っていて、自分の生き方はこれでよしという感じ。
負け惜しみではなくて、すがすがしい言い方だった(言葉全部が理解できているわけではないので、雰囲気でそう感じた)。
だから、バイクの後ろに乗るならば、いつでも村を案内してあげるよ!と話してくれた。
(JICAで禁止されているので、もちろんできないことだが)
それに、きっと弟と一緒に行く店は高級店ばかりだろうから、反対に一般の村の人が食べているようなものをこれからたくさん食べさせてあげるからね!とも言ってくれた。

 お店では、日本人がタカラールで働いているのか!と驚かれ、(ここが街の中心地ではなく村にある店だったので!)スイカが好きだと話したら、店主が早速冷蔵庫にあるスイカを食べさせてくれた。
その上、土産にとスイカを1つ持たせてくれ、至れり尽くせりで本当に、ありがとうございます!という感じ。

 やまない雨の中、ペテペテに乗って帰ってきた。
今日も優しいインドネシア人に出会えてよかった。
ここのところ、嬉しい出会いが多くてラッキーな日々を送っている。

 その余韻に浸りながら、同期隊員が私の家に寄ってくれるのを待つ。
同期隊員が家に来たのは、赴任当日を除いて初めてだ。
ホームスティ先の人たちもとても喜んでくれ、帰った後にも名前を何度も呼び覚えていた。
どうやら覚えづらい名前らしい。
活動についていろいろと話をしていたら、あっという間に彼女の帰宅時間になってしまった!

盛り沢山の土日だったけど、今後の活動にはいいきっかけとなった。
休日返上で、やっと働いた!という実感の持てた2日間だ。

UJIAN NATIONALの受験の心得

             記11月8日(土)
先に掲載した巡回の後は、一度家に帰り昼食。
のちペテペテで別の市へ。
PAKET Cのテストが全国一斉に来週行われるので、その受験票を配布したり心得を話したり。
受験生は60人くらい集まっていた(受験者はもっと多いのだが、今日の参加者はこの位)。
実は昨日急にこれがあるから行って見てくるといいと上司に話され、1日POLUT巡回の予定を急遽変更したのだった。
でも、昨日の時点では説明を聞いても何をするために集まるのか分からず、とにかく来てみたのだ。
なるほど!と思い、私も混じって話を聞くことに。
上司は来ない予定だったが、寄ってみたらしく受験者に心得を話していた。
かなり長い時間だったが、内容は日本とほぼ同じようだった。

マークシート?なので、消しゴムでよく消すこと
迷っても、どれかを選ぶこと
どの教科もまんべんなく点数を取ること。
(合計点が高くても、最低基準点数を2教科下回ると不合格になるらしい)
などなど。

この試験の答案はその日のうちにジャカルタに送られるとの事。
そこで一括して採点、のち合格不合格が私の勤務先に送られてくるようだ。
 
 そういえば、私が赴任したばかりの時が、ちょうど試験の発表日後間もないころだった。
県の教育局に一覧表が張り出され、合格発表を見に来る人と、合格手続きをする人でごったがえしていた。
まだ赴任したばかりの私は、試験の合格発表ということは分かったが、詳細は分からなかった。
こうやって、いろいろと仕事がつながっていくのは面白い。
明日もまた、ここで試験の準備がある。
私も一緒に準備をするつもりだ。

今日は、休日出勤する価値のある一日だった。
やっと、仕事をしている!という感じになってきた。

歩いて巡回


        記11月8日(土)
 勤務先は土日休日だが、市の教育局は土曜まで。
識字教室は土日に関係なく行われている。
 識字教室の開始から終了までを見学したいと希望し、再びPOLUTへ来たのだった。
初めて一人でペテペテに乗って巡回先まで行くことになっていたが、行く準備をしていると電話が鳴り、担当者の上司が車で迎えに来てくれることに。
一人でペテペテに乗って現地に行くことはできるが、わざわざ迎えに来てくれるなんてこういう気持ちはとてもありがたいなぁ・・・と思う。
 市の教育局には少し早めに着いたので、識字教室の開始時間まで近所をぐるぐる。
教育局の裏には小学校があり、ちょうど休み時間中の子どもたちが元気に遊んでいる。
インドネシアでは、休憩時間は校舎外に自由に出て行くことができるようだ。
近くのお店でお菓子を買って食べたりも出来る。
だから今日も、教育局の庭で鬼ごっこをしている姿があったり、学校の敷地内にちょっとした駄菓子やさんが休憩時間中だけ店を広げていたりするのを見ていた。
駄菓子やではチョコレートや、お菓子、手作りのパンなどが売られている。
 今後の仕事の参考に、この駄菓子やさんで何を売っているのかリサーチしたいと話すと、
また別の店に連れて行ってくれた。

 その店は中学校の向かいにあり、駄菓子や兼出店のような感じになっていて、そこで簡単な軽食を食べることが出来る。
料理としては、かきあげのようなもの、芋をあげたもの、スープなど。
とても安く、子どもたちに提供している。
また、チョコや溶かして飲むジュースの粉なども売っており、休み時間は子どもたちでいっぱいになるらしい。
子どもたちが休み時間になる少し前に寄ったので、じっくりと料理を作る様子や店の様子などを見ることができた。もちろん味見といって、食べたりして・・・
安くておいしくて、とても感激!
これなら子どもたちに人気があるのもうなずけるという感じ。
私たちが食べ終わる頃に、ちょうど子どもたちがやってきはじめた。
こちらの学校では、7時半頃には登校なので、子どもたちは6時台に朝ごはんを済ませているから、ちょうど10時半頃はおなかがすくようだ。
中学生だったので、もりもりと食べていた。(写真)
この店はとても繁盛しており、成功しているようだ。
 
このような出店や駄菓子屋がうまく開けるシステムを考えたいと思っている。
職業訓練校で、出店開店講座のようなものが開けたら、おもしろいなぁ・・・と思っていると担当者に話したら、それは面白いとのってくれた。
実際できたら面白いと思うが、問題は単価が低く利益が薄いこと。
市場で売っているものもそうだが、利益が薄すぎてほとんど儲けがないのがこの土地の人の仕事の現状だ。
もう少しモニタリングを重ねて、実際できるとよいと思っている。

 次におととい見せてもらった伝統菓子を、市場で売っている様子を見に行く。
この市の市場もすごく活気があり、物が所狭しと売られている。
見ているだけでも面白く、目移りしながらあちこちとぐるぐる。
伝統菓子の売り場を発見!
販売状況が分かり、菓子作りから販売までの一連の流れが分かった。

 寄り道をしながら、歩いて識字教室のある村へ。
予定時間よりだいぶ遅れてしまった。
とはいっても、識字教室の先生は私と一緒に行動していたのでまだ授業は始まっていない。だいぶ時間が遅くなったなぁ・・と心の中で思いながら教室となっている民家に着くと、まだ誰一人来ていない。
話を聞くと、メンバーの人たちは、みんなさっき寄って来た市場で物を売ることをなりわいとしているとのこと。
だから、物が全て売れれば帰ってくるけれど、売れないと売れるまで市場に居なくてはならない。
メンバーの中には、勉強が大事といって時間で帰ってきてしまう人も最近はいるという話。
私たちの到着を見て、一人、また一人と徐々に集まってきた。
予定より約1時間くらい遅れて授業が始まった。
 この授業の面白いことといったら!
生徒は10人くらいなはずなのだが、近所の人たちがどんどん集まってきて、子どもも沢山いてにぎやか。
すでに学習を終え、読み書きが出来るようになった人も集まってきて、まだ出来ない人に教えたりしている。
授業とは言うけれど、とても和やかで笑いの絶えない時間。
見ているこちらも思わずほほえんでしまうような、いい雰囲気の授業だった。
2時間の学習の予定だが、ちょうどお昼時だし子どもたちも長時間お母さんなしではいられないこともあり、毎回そこそこできりあげているようだ。

 続いて歩いて3分くらいの、別の識字教室へ。
今日同行してくれた2人の担当者が先の教室とこの教室をそれぞれ教えているそう。
この授業もいい雰囲気ですすめられていた。
よく聞いていると、2人とも教え方が上手で楽しそうに授業をしている。
いろいろと質問をしているが、生徒はまるで子どものように無邪気に答えているのが見ていてとてもほほえましかった。
分かるということは面白いのだ。
嬉しそうに答えるおばあさんを見て、そう思った。
年齢は、もう70歳近いというおばあさんも、楽しそうに一生懸命勉強している。
宿題も出るようで、やってきたとか、やれなかったとかおばあさん同士で話している。
少しずつだが新しい単語を覚え、嬉しそうに学んでいる姿を見ていると、日本の子どもたちにこの様子をみせてあげたいなぁ・・・と強く感じた。
孫に教わりながら、アルファベットを書くおばあちゃん。
一桁の足し算引き算を、一生懸命計算しているおばあちゃん。
どれも日本では考えられないことだが、これが日本の教育の質の高さなんだなと感じた。
もちろんインドネシアも今は義務教育が浸透しつつあるから、これからの人は違うのかもしれないけれど。

 帰りも歩いて市の教育局へ。
市の教育局からは、別の人が送ってくれることに。
結局ペテペテは使わず済んでしまった。
親切な周りの人たちに感謝!

自転車で巡回


       記11月7日(金)
巡回に行きたいので連れて いって!
と話すと、たいていOK!じゃあ、後で迎えにくるよ!
とそこまではいいのだが・・・
だからといって数日のうちに迎えに来てくれるとは限らず、その日がいつの何時というところまで具体的に約束しないと、本当に迎えに来てはもらえない。
あとで!という言葉は、本当に何週間も先の後になってしまうことが多いのだ。
だから、あまり先のほうまで予定をたてたりはしないで、2日位前に「連れてって!」とお願いするようにし、約束をとりつける。
 日本に居たときには、1ヶ月位先の約束は普通にしていたし、お互いがそれを忘れるということはほとんどなかったが、ここではそれは通用しない。
だから、この日に行きたいな!というのを自分であらかじめ決めているが、実際の交渉は直前に行っている。
たいていはみんな都合をつけてくれるし、だめな場合はむこうから別の日を指定してくれるから。
この作戦はうまくいっている。
計画通り(というほどものもでもないが)に巡回したいなと思い、新たな作戦として、自転車でまわれたり、比較的道の分かりやすいところ(行きやすい所)の巡回を増やすようにしようと考えた。

 早速、担当者に連絡をし、自転車で行けそうな識字教室を案内してもらう。
家の近所だが、自転車を15分くらい走らせると識字教室が行われている村がある。
夕方の3時から5時までの教室だ。
担当者はバイク、私は自転車で村へ向かう。
突然の私の登場に、いつも通り最初は怪訝な目で見られていたが、時間が経つうちに少しずつ話が出来るようになった。
 マカッサル語の分からない私は、みんなが何をしゃべっているのか全然分からず、ぼーっとしていたのだが、そのうちなりゆきで、主婦の生徒がマカッサル語の単語を私に教えてくれることに…
 端のほうでひっそりと教わっていたはずがなぜかみんな加わってきてしまい、いつの間にか私のためのマカッサル語教室になってしまった。
申し訳なく思う反面、こんなチャンスは滅多にないのでいろいろと教えてもらった!
ラッキー!
 こうして一緒に話をしていると、早く語学ができるようになりたいなぁ・・・と思う。
自由に言いたいことが伝えられるって、素晴らしいことだなと思う。
ここの人は、かなり無茶なインドネシア語でも、仲良くなると分かってあげようとして聞いてくれるのが分かる。
とはいえ、語学は1日で出来るようになるわけではなく、なかなか上達はしないのだけど。

帰りはみんなが見送ってくれて、またおいでと言われて、とても嬉しくなった。
今日は識字教室の巡回をしてすごく楽しかった!
 
それから、今日は午前中Kantorに各市の担当者が次々に来たので、巡回の約束をいくつか取りつけた。
その上、ラッキーにも明日と明後日の行事に連れて行ってもらえることになり、土日ではあるがこのチャンスを逃してはならないとばかりに、参加しますと返事をした。

じっとKantorに居るだけでは、何も始まらない。
だから、このチャンスを大事にしたい。
土日を惜しんで働いても、2年間しかこの地には居られないのだから。

今日はいろいろと、いいことが重なった日だった。