任地を出てから3日。
あっという間に帰国日だ。
全く実感のないまま、いまジャカルタの空港(スカルノハッッタ際空港)にいる。
2年半の、活動が終わりとなる。
2010年12月2日木曜日
帰国3週間前になりました。
このブログの更新をずいぶんと怠ってしまいました。
順に掲載したいと思っていたら、日々の活動で
ますますネットから遠ざかり・・・
記事は書いているので、
さかのぼって記事を更新していきたいとは思いますが、
さしあたりタイムリーなネタを掲載します。
半年の延長を含め2年半の隊員活動ですが、もうすぐ帰国することになりました。
任地には2010年12月18日(土)まで。
20,21日と、ジャカルタで各機関に報告をし、
21日の夜の便で日本帰国します。
22日の朝には、日本です。
後事後研修。
28日に、栃木に帰ります。
後3週間で日本に戻るとは思えないほど、
いつも通り任地生活しています。
でも、いつもとの違いは、帰国のために部屋の片付けに追われているところ・・・
明日も講習会の予定。
まだまだここでやりたいことも、できそうなことも、
たくさんあります。
残りの2週間、ラストスパートです。
日本のみなさんに、会えるのも楽しみになってきました!
順に掲載したいと思っていたら、日々の活動で
ますますネットから遠ざかり・・・
記事は書いているので、
さかのぼって記事を更新していきたいとは思いますが、
さしあたりタイムリーなネタを掲載します。
半年の延長を含め2年半の隊員活動ですが、もうすぐ帰国することになりました。
任地には2010年12月18日(土)まで。
20,21日と、ジャカルタで各機関に報告をし、
21日の夜の便で日本帰国します。
22日の朝には、日本です。
後事後研修。
28日に、栃木に帰ります。
後3週間で日本に戻るとは思えないほど、
いつも通り任地生活しています。
でも、いつもとの違いは、帰国のために部屋の片付けに追われているところ・・・
明日も講習会の予定。
まだまだここでやりたいことも、できそうなことも、
たくさんあります。
残りの2週間、ラストスパートです。
日本のみなさんに、会えるのも楽しみになってきました!
2010年8月6日金曜日
村へようこそ!
2010年6月15日(火)
日本から、JICAの方がいらした。
今回新しくなった配属先の教育局長と、課長が
はじめてJICAの人と話をすることになった。
局長も、課長もまだ私の活動は何も知らないから、
いったい何を話すのだろうと思っていたが、
まるでいつも活動を見ているような口ぶりに、
うれしいやら悲しいやら、複雑な気分・・・
それはさておき、
アクセサリー作りをしている現場へと足を運んでもらう。
今日の生徒(卒業生だが)はいつもの2人。
いつも通りの作業を進める。
日本人からの質問も、しっかり答えていた。
この間JICAの人が来たときは
恥ずかしがって、会話にならなかったが。
今回は少し慣れたようだった。
いつものように、この施設の隣のイブミナの家では、
朝から村のおばあさんたちが集まり、
昼食の準備をしてくれている。
すごいごちそうだ。
毎回のことながら、本当に感謝に絶えない
村の人みんながこの訪問を喜んでくれている。
ありがたい。
訪問してくれた方々も、
村ならではのご飯をおいしくいただいてくれたようでよかった!
そして、その後、村の生徒の家へ・・・
今回、事前に訪問者とお話しする機会があり
どこを案内するか迷っている旨を話したところ、
「あなたの見てもらいたいところを案内してください」
と言われた。
自分の活動をひとつだけ紹介できるとしたら、
村の生徒のkの家でのなごやかなゆったりとした、
ぬくもりのある時間だ
この雰囲気は、残念ながらそこに居る者にしかうまく伝えることができない。
なんとも言葉にするのは難しい、
素敵な空間なのだ。
活動に息切れした時も、どうしようか考えている時も、
いつもこの家で過ごした。
イブミナの家と、Kの家が、村での活動の原点だ。
少し話がそれたが、
Kの高床式の家では、お客さん用に敷物がしかれ
いくつかの手作りのお菓子も用意された。
(きっと朝から姉妹たちが作ったに違いない!)
Kのお父さんがいつもの笑顔で出迎えてくれ
家族、親戚が集まり、恥ずかしそうに挨拶をしてくれた。
物資的には貧しいけれど、心豊かな生活。
こういう心温まるぬくもりの中で
私は暮らしている。
写真は見送りのとき 家から
笑顔がいいでしょ!
総会からの帰り道
2010年6月13日(日)
7日から上京していたジャカルタ生活から、
再びマカッサルへと戻る。
今回の総会は、同期(一緒に派遣された人たち)の最終活動報告があり、
みんなとの最後の総会となった。
ちょうどあと一週間後に、彼らは帰国となる。
これまでインドネシアに来てから寂しさを感じることはなかったのに
今回こそは寂しいよーーーーーと、
つい口に出してしまう自分が居た。
毎回総会の帰りの飛行機では、
いろんな想いが巡る
総会で先輩隊員の活動報告を聞いて元気をもらったり
他隊員から活動のヒントをもらったり
総会からの帰り道は
期待と希望で胸が膨らむ
今回はうらはらに
同期との別れに涙する場面もあったが、
いろいろな意味で心揺れる時間を過ごすことができた
2年半は長いのか短いのか?
まだ分からないけれど、
あと半年、タカラールで自分らしく暮らしていきたい
7日から上京していたジャカルタ生活から、
再びマカッサルへと戻る。
今回の総会は、同期(一緒に派遣された人たち)の最終活動報告があり、
みんなとの最後の総会となった。
ちょうどあと一週間後に、彼らは帰国となる。
これまでインドネシアに来てから寂しさを感じることはなかったのに
今回こそは寂しいよーーーーーと、
つい口に出してしまう自分が居た。
毎回総会の帰りの飛行機では、
いろんな想いが巡る
総会で先輩隊員の活動報告を聞いて元気をもらったり
他隊員から活動のヒントをもらったり
総会からの帰り道は
期待と希望で胸が膨らむ
今回はうらはらに
同期との別れに涙する場面もあったが、
いろいろな意味で心揺れる時間を過ごすことができた
2年半は長いのか短いのか?
まだ分からないけれど、
あと半年、タカラールで自分らしく暮らしていきたい
教科書の山
2010年6月1日(火)
ある日のこと
活動センターに車いっぱいに積まれた教科書が運ばれてきた。
数年前の分の、ノンフォーマル学校用の教科書
さんざん教育局の部屋の隅に放置され
やっと施設へと届けられた
でも、これを子どもたちが使用することはないようだ
また、この活動センターの棚にしまわれる
何のための教科書?
末端のノンフォーマルの教員は、教科書がなくて困るといっていた。
国の政府から送られてきた教科書は、教育局に長い間放置されている。
そして、やっとセンターに届いても
センターで大事にしまわれてしまう・・・
必要なものが、必要な人に届かない
だから、ノンフォーマルスクールの生徒には、
教科書の割り当てはない。
なんて理不尽。
言いたいことはたくさんあったが、どうにも伝わらないのがはがゆいのだ
同期の送別会
2010年5月29日(土)
同期の南スラ(南スラウェシの略)隊員の送別会が行われた
3月に現職参加の同期が帰国したときもそうだったが、
胸に詰まるものがある
彼女と会うと、
どちらともなく活動の話になり、
お互いの今を語り合ったものだ
お互い村での生活だからだろうか?
日を追うごとに親しくなっていった
彼女の生き方は
まっすぐで自然
ありのままに、自分の心に正直に生きている
年齢はすごく離れているのに
年の差を感じさせない
素敵な生き方をし始めている
彼女は海外で生まれ生活していたため
日本に帰国後すぐに別の国へ帰る
二度と会えないとは思わないが
その可能性はないとはいえないくらい
遠い国に住む彼女に
今度いつ会えるの?
と、軽口をたたきたいところだったが、
なぜかその一言は聞けなかった
同期の南スラ(南スラウェシの略)隊員の送別会が行われた
3月に現職参加の同期が帰国したときもそうだったが、
胸に詰まるものがある
彼女と会うと、
どちらともなく活動の話になり、
お互いの今を語り合ったものだ
お互い村での生活だからだろうか?
日を追うごとに親しくなっていった
彼女の生き方は
まっすぐで自然
ありのままに、自分の心に正直に生きている
年齢はすごく離れているのに
年の差を感じさせない
素敵な生き方をし始めている
彼女は海外で生まれ生活していたため
日本に帰国後すぐに別の国へ帰る
二度と会えないとは思わないが
その可能性はないとはいえないくらい
遠い国に住む彼女に
今度いつ会えるの?
と、軽口をたたきたいところだったが、
なぜかその一言は聞けなかった
展覧会へのお手伝い
2010年5月21日(金)
19日から南スラ(南スラウェシの略)に住むSV(シニアボランティア)隊員の
展覧会のお手伝いをさせてもらった。
壁掛け、バッグ、帽子、テーブルクロス他
大きなものから小さなものまで約100点のものが並ぶ。
もちろんすべて手作り。
日ごろお世話になっている方で、
私のスキル講座のヒントはここから!
縫い方なども教えてもらっている。
準備の段階からちょくちょく作品を見させてもらっていたが
こんな風に全作品が並ぶと、圧巻。
どれもこれも素晴らしい。
3日間の開催だったが、
タカラールからも数人
元上司や、一緒に働いているマッパカスングー郡の担当者もまた、
見に来てくれた。
大盛況の中、3日が過ぎる。
さすがシニア
やることが違うなぁ・・・
と、そのスケールの大きさに感動しながら
かなりの刺激になった3日間だった
カポポサン島民の暮らし!!
2010年5月16日(日)
宿泊先はプライベートビーチのような感じで
その裏側に一般の島の人が住んでいた
宿泊先の従業員は、みな島の人だ
おいしいご飯がたくさん出てきて、
ついつい食べ過ぎる
任地で貧しい食生活な分
毎食がすべてごちそう
島の人がごはんを作っている間
台所で一緒におしゃべり
島の暮らし,子どものこと・・・
話題は尽きない
そうそう、この日の夜中の3時に
5、6人の漁民が海からやってきたそうだ
夕方波が荒くなっていたのに漁を続けていて
船がひっくりかえってしまったとのこと
な、なんと9時間近く?(夕方落ちたといっていた)
泳いで帰ってきたというのだから、びっくりどころではない。
幸い乗船していた人全員が無事に岸までたどり着くことができたとか・・・
本当によかった
ダイビングから帰ってきたら、
彼らに会うことができた
さすがに疲れた様子だったけど
聞いたら「大丈夫だよー!」と返事がかえってきたので
ちょっと安心
海のよさと怖さを同時に感じながら
共存している島民の暮らしの一部を
のぞいたような気がした
カポポサン島でダイビング!!
2010年5月16日(日)
マカッサルからボートで約1.5時間のところにある島へ。
日本でも有名なダイビングスポットだ。
マカッサルの周りにはたくさんの島があり、
その数は数え切れないほど。
カポポサンのある県で働く隊員によると、
県の中心地から船で2晩かけてやっと着く島もあるとか・・・
想像の域を超えた話でビックリ!
肝心のカポポサン島の海は
ごらんの通り
見渡す限りの青い海と白い砂浜
南の島のイメージぴったり!
きれいすぎる!!
と、見ているだけでテンションがあがり、
思わず顔がほころんでしまう
3泊で12本
朝から夕方までダイビング
今回のダイビングで、その醍醐味を味わう・・・
海の中で出会うものたちに
すっかり心奪われてしまった・・・
大満喫でリフレッシュ!
一緒に潜った人たちがまたいい人たちで
余計楽しかったのだーーー!
高校のお別れ会
2010年5月4日(火)
一般の学生向けのUjian national(国家統一試験)が終わり、合格発表も済んだ
フォーマル学校の生徒は、いよいよ卒業となる。
今日は、卒業式にさきがけ、卒業生のお別れ会が開かれた。
参加者は卒業生、在校生、父兄、教員全員
日本で言う卒業式にあたるのだろうか?
校長先生の計らいで招待状を事前にいただいていたので、私も参加。
昨晩の教育の日の集いを行った建物で、
今日も行われた。
途中停電の中での式典で、
マイクが使えず招待客の話が聞こえなかったり、
話が長すぎて飽きてきた生徒は、日本と同じ。
服装の乱れている生徒は、ここでも建物には入れてもらえないらしく、
日本での学校生活と重なることが多く、思わず思い出したりして・・・
成績優秀者の発表や、送辞・答辞も行われ、感極まって涙・涙・涙
インドネシア人の感性の豊かさにはほほえましいものがある。
そして、最後感動的だったのは、先生方とのお別れの時間。
舞台に教員全員が上がり、生徒一人ひとりと握手をする。
日本ではシャイなイメージの高校生だが、
ここの高校生は、先生とお別れしながらオイオイと涙を流す。
さっきまで建物に入れてもらえなかった生徒たちも
いつの間にか入ってきて、先生に熱い抱擁
『しっかりやれよー!』
と、先生の声援も聞こえてきそうな舞台を見ているだけで、
胸が熱くなる。
会場中が、涙となんともいえないエネルギーに包まれている。
こんな会をイメージせず参加してしまった分、
意外だったが、参加できて心があたたまった。
こうやって大人たちの声援を浴びながら、
子どもたちは成長していくのだ。
教育の日
2010年5月3日(月)
5月2日は教育の日だったが、
日曜だったため、式典は月曜に行われた。
早朝から人が集まり、準備。
中心街にある小中高校が広場に集まり、
県知事を初めとする県内のお偉い方々や
教員たちも全員集合だ。
朝の式典の最後には、3月にJOCVの環境隊員を中心に運営された
3R LOMBA MENYANI(3月8日の記事)の表彰も行われた
タカラールでは小学校1つ、高校2つの計3校が入賞した
会は一時中断して、夜の部へ
夜は、教員を初め、タカラール県の教育に貢献した人たちへ
県知事からの表彰が行われた。
JICAの名前も呼ばれ、表彰を受けた。
今日午前中に、突然夜の会には日本の服を着て参加をして!
と上司から言われた時には何が行われるのか分からなかったが
参加してみてはじめて分かった。
この表彰で、舞台に立つときに
外国人をアピールせよということだったようだ。
私はゆかたを、KOICA(韓国の協力隊員)はチマチョゴリを着て
参加。
それまで現地に溶け込めるように、服も行動も食べ物も
すべて現地の人と共にしてきたが
この時ばかりは外国人オーラを放っていたようで、
注目を浴びた。
同僚や上司は、予想以上に喜んでくれた。
「タカラール県は海外の支援も受け
教育の向上に日々努めている」
という大義名分がたち、
教育局長も県知事に鼻高々というところか?
表彰の後は得意のカラオケ大会!
マカッサル人はにぎやかなことが大好き!
歌って踊ってと、宴は夜11時近くまで続いた。
愉快な一日だった。
任期延長
2010年4月25日(日)
活動の任期延長が、正式に決まった。
半年の延長となり、帰国は12月22日だ。
日本の方々にもたくさんの応援をいただいて、今日までやってきた。
もう少しこの地で自分のできることがあるのではないかと思い、
あと少しここでやってみることにした。
このブログをいつも見てくださっている方
お一人お一人に連絡をしたいところですが、
ネット環境他、いろいろと難しいため、
この場をお借りしてご報告いたします。
これからも変わらずご声援くださいますよう!!
タカラールの子どもたちの未来のために、
ここでもう少し働きます!!
活動の任期延長が、正式に決まった。
半年の延長となり、帰国は12月22日だ。
日本の方々にもたくさんの応援をいただいて、今日までやってきた。
もう少しこの地で自分のできることがあるのではないかと思い、
あと少しここでやってみることにした。
このブログをいつも見てくださっている方
お一人お一人に連絡をしたいところですが、
ネット環境他、いろいろと難しいため、
この場をお借りしてご報告いたします。
これからも変わらずご声援くださいますよう!!
タカラールの子どもたちの未来のために、
ここでもう少し働きます!!
日本人の訪問にドキドキ
2010年4月23日(金)
日本からカメラマンが取材に来てくれた。
JICAの雑誌のコーナーに、アクセサリー作りの記事を掲載して
下さるとのことだった。
事前にその旨を話していたのだが、
生徒たちは大喜び!
やってきたカメラマンは
隊員OBということもありインドネシア語を流暢に話す。
彼女たちが緊張しすぎないように
いろいろと会話をしながらパチリ!パチリ!
ちょっとテレながら、うれしそうに話をする彼女ら
自分たちの活動が日本の雑誌に載るなんて、
信じられないようだ。
昨日もそうだったが、こうした日本人の訪問を受けるたび、
彼女たちの自信もついていくような気がしている。
今日も、イブミナの家ではごはん作りに人が集まっていた
今日のメニューは「バロボ」
田舎料理だそうで、ここタカラールでは人が集まる際にはよく食べている
とうもろこしや、野菜たっぷりのおかゆ風スープといったところか?
大好きでよく食べている。
カメラマンの方も、インドネシア生活は長いが
初めて食べたと言って喜んでくれた
たくさん食べてくれたので、村の人たちも嬉しそう・・・
いつもこうやって協力してくれる村の人たちに感謝!
日本人の訪問にワクワク
2010年4月21日(水)
JICAの方が、日本からいらっしゃった。
残念ながら、教育局では教育の日のための準備で
教育局長・課長とも在席せず
直接活動先の村へ行くことになった。
久しぶりの日本人訪問(半年以上?)に、隣のイブミナの家には
知らない間に人が集まっていた
(とはいえ、遠巻きに見ているだけで、挨拶などはしない)
作業場では、今日はちょうど仕事がつまっていたので、
結構真剣に働いていた。
いつもは家で手伝っている姉妹も来てくれ、
にぎやかに作業が進む。
どうにかして、このグループが
一日でも長く続けていけますように。
まだまだ手探りだけれど、
このグループが自立できる日まで、
見届けられることを願っている。
JICAの方が、日本からいらっしゃった。
残念ながら、教育局では教育の日のための準備で
教育局長・課長とも在席せず
直接活動先の村へ行くことになった。
久しぶりの日本人訪問(半年以上?)に、隣のイブミナの家には
知らない間に人が集まっていた
(とはいえ、遠巻きに見ているだけで、挨拶などはしない)
作業場では、今日はちょうど仕事がつまっていたので、
結構真剣に働いていた。
いつもは家で手伝っている姉妹も来てくれ、
にぎやかに作業が進む。
どうにかして、このグループが
一日でも長く続けていけますように。
まだまだ手探りだけれど、
このグループが自立できる日まで、
見届けられることを願っている。
突然の人事異動
生徒たちとマカッサルへ
2010年4月16日(金)
生徒たちを連れて初めてマカッサルへ。
やっと実現。
材料の仕入先をまわったり、
みやげ物やで商品チェックをしたり。
最近置いてもらえるようになった所
(日本語教室で、習いに来るインドネシア人に販売)
に、生徒たちが直接売り込みにいったりした。
特に販売先である教室の経営者は、
インドネシア人であるがJOCVの活動に協力的な人で、
働いている人も実に親切。
村の生徒たちにも丁寧に対応してくれ、
顧客のニーズを直接伝えてくれた。
それまではすべて私を経由した販売だったので、
こうして直接やりとりができるのは、一つ成長といえる。
生徒たちも久しぶりのマカッサルに嬉しそうだったし、よかった!
(マカッサルへは年に2-3回しかいかないそうだ)
生徒たちを連れて初めてマカッサルへ。
やっと実現。
材料の仕入先をまわったり、
みやげ物やで商品チェックをしたり。
最近置いてもらえるようになった所
(日本語教室で、習いに来るインドネシア人に販売)
に、生徒たちが直接売り込みにいったりした。
特に販売先である教室の経営者は、
インドネシア人であるがJOCVの活動に協力的な人で、
働いている人も実に親切。
村の生徒たちにも丁寧に対応してくれ、
顧客のニーズを直接伝えてくれた。
それまではすべて私を経由した販売だったので、
こうして直接やりとりができるのは、一つ成長といえる。
生徒たちも久しぶりのマカッサルに嬉しそうだったし、よかった!
(マカッサルへは年に2-3回しかいかないそうだ)
マカッサルでラーメン
2010年8月1日日曜日
ウブドをぶらぶら
2010年4月2日(金)
友人と合流
数日間ウブドに滞在
今回はゆっくり滞在なので、あちこちぶらぶら。
友人も、もう片手では数えられないくらいバリに来ている。
だから、ウブドのことはたいていなんでも知っている。
そんな人と一緒だったから、
ガイドブックに書いてあることが本当かどうか、
あらゆる店を回ってみたり・・・
今回は少し足をのばして、
村のジェゴックを見に行く。
たくさんの舞踊があり、ウブド観光はおもしろい。
友人はヨガフェスタに参加。
かなり良かったとのこと。
宿泊先も、裏手が森のような感じで、
とても心地よく、鳥の声で目覚めた!
すっかり忘れていたヨガを、
友人の指導の下 再開。
すっかりリフレッシュ!
写真はウブド ウブドの道
三叉路にある像
ジェゴック
合鴨農法
メダン日本文化祭
2010年3月28日(日)
トバ湖旅行の前に、もう一つ今回の旅の目的である
日本文化祭への参加。
メダンの隊員が、文化祭で一つブースをもつということだったので、
お手伝いさせてもらったのだ。
正確には、日本インドネシア友好文化祭みたいなものだろうか?
かなりの人出で、インドネシア大使もいらっしゃったほど。
こんなに大きなイベントとは知らずに参加したわけだが、
参加してびっくりの連続だった。
メダンは、日本人会もあるほど、
日本人在住者は多く、日本企業も進出しており、その上2世3世も多い。
ブースに居ると、日本語で話かけられ、
その度にびっくりだ。
メダンの隊員は2人とも環境系の隊員だったので、
自作のエコバッグづくりを行った。
啓蒙の意味で、とてもいいイベントだった。
その他にも、日本人会の方たちを中心として、
書道教室や、もちつきなど、いろいろと盛大に行われていた。
イベントは、心ワクワクしてしまう。
やっぱりイベントは楽しい!
写真は上から オープニングの様子
もちつきの様子
2010年7月30日金曜日
トバ湖観光
2010年3月30日(火)
せっかくスマトラに来たのだから、観光地を一つくらい巡ろう!
ということで、トバ湖へ。
メダンから、車で3~4時間?かかる。
のち、船でトバ湖の中にある《サモシール島》に渡り、
島で宿泊することにした。
トバ湖は広すぎて、海かと見間違えるほど。
西洋人には避暑地として人気らしく、
宿泊者もほとんど西洋人だった。
日本人にはあまり知られていないかもしれないが、
ゆっくりするには結構おすすめだ。
その上、西洋人が多いためか、
宿泊先近辺の食べ物やさんは、洋食が多く味もおいしい。
シーズンではなかったので、
島はすごく静かで、何もないといえば何もないが
ゆったりした気分になれる。
朝食をとっていると、日本人夫婦に遭遇。
長野在住の方だ。
すでにリタイアして、第2の人生を謳歌中!
というこのご夫婦は、すっかりここが気に入ったようだった。
私たちも、一般の日本の方に会うのは久しぶりだったので、
ついつい昼ごろまで話に花を咲かせてしまった・・・
そんなこんなの観光が、
私たちらしい旅の仕方だよねー!と2人で確認しあい、
トバ湖を後にした。
写真は上から、サモシール島の道
サモシール島から見たトバ湖の様子
島内の宿泊先
トバ湖に沈む夕陽
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