2010年5月29日(土)
同期の南スラ(南スラウェシの略)隊員の送別会が行われた
3月に現職参加の同期が帰国したときもそうだったが、
胸に詰まるものがある
彼女と会うと、
どちらともなく活動の話になり、
お互いの今を語り合ったものだ
お互い村での生活だからだろうか?
日を追うごとに親しくなっていった
彼女の生き方は
まっすぐで自然
ありのままに、自分の心に正直に生きている
年齢はすごく離れているのに
年の差を感じさせない
素敵な生き方をし始めている
彼女は海外で生まれ生活していたため
日本に帰国後すぐに別の国へ帰る
二度と会えないとは思わないが
その可能性はないとはいえないくらい
遠い国に住む彼女に
今度いつ会えるの?
と、軽口をたたきたいところだったが、
なぜかその一言は聞けなかった
2010年8月6日金曜日
展覧会へのお手伝い
2010年5月21日(金)
19日から南スラ(南スラウェシの略)に住むSV(シニアボランティア)隊員の
展覧会のお手伝いをさせてもらった。
壁掛け、バッグ、帽子、テーブルクロス他
大きなものから小さなものまで約100点のものが並ぶ。
もちろんすべて手作り。
日ごろお世話になっている方で、
私のスキル講座のヒントはここから!
縫い方なども教えてもらっている。
準備の段階からちょくちょく作品を見させてもらっていたが
こんな風に全作品が並ぶと、圧巻。
どれもこれも素晴らしい。
3日間の開催だったが、
タカラールからも数人
元上司や、一緒に働いているマッパカスングー郡の担当者もまた、
見に来てくれた。
大盛況の中、3日が過ぎる。
さすがシニア
やることが違うなぁ・・・
と、そのスケールの大きさに感動しながら
かなりの刺激になった3日間だった
カポポサン島民の暮らし!!
2010年5月16日(日)
宿泊先はプライベートビーチのような感じで
その裏側に一般の島の人が住んでいた
宿泊先の従業員は、みな島の人だ
おいしいご飯がたくさん出てきて、
ついつい食べ過ぎる
任地で貧しい食生活な分
毎食がすべてごちそう
島の人がごはんを作っている間
台所で一緒におしゃべり
島の暮らし,子どものこと・・・
話題は尽きない
そうそう、この日の夜中の3時に
5、6人の漁民が海からやってきたそうだ
夕方波が荒くなっていたのに漁を続けていて
船がひっくりかえってしまったとのこと
な、なんと9時間近く?(夕方落ちたといっていた)
泳いで帰ってきたというのだから、びっくりどころではない。
幸い乗船していた人全員が無事に岸までたどり着くことができたとか・・・
本当によかった
ダイビングから帰ってきたら、
彼らに会うことができた
さすがに疲れた様子だったけど
聞いたら「大丈夫だよー!」と返事がかえってきたので
ちょっと安心
海のよさと怖さを同時に感じながら
共存している島民の暮らしの一部を
のぞいたような気がした
高校のお別れ会
2010年5月4日(火)
一般の学生向けのUjian national(国家統一試験)が終わり、合格発表も済んだ
フォーマル学校の生徒は、いよいよ卒業となる。
今日は、卒業式にさきがけ、卒業生のお別れ会が開かれた。
参加者は卒業生、在校生、父兄、教員全員
日本で言う卒業式にあたるのだろうか?
校長先生の計らいで招待状を事前にいただいていたので、私も参加。
昨晩の教育の日の集いを行った建物で、
今日も行われた。
途中停電の中での式典で、
マイクが使えず招待客の話が聞こえなかったり、
話が長すぎて飽きてきた生徒は、日本と同じ。
服装の乱れている生徒は、ここでも建物には入れてもらえないらしく、
日本での学校生活と重なることが多く、思わず思い出したりして・・・
成績優秀者の発表や、送辞・答辞も行われ、感極まって涙・涙・涙
インドネシア人の感性の豊かさにはほほえましいものがある。
そして、最後感動的だったのは、先生方とのお別れの時間。
舞台に教員全員が上がり、生徒一人ひとりと握手をする。
日本ではシャイなイメージの高校生だが、
ここの高校生は、先生とお別れしながらオイオイと涙を流す。
さっきまで建物に入れてもらえなかった生徒たちも
いつの間にか入ってきて、先生に熱い抱擁
『しっかりやれよー!』
と、先生の声援も聞こえてきそうな舞台を見ているだけで、
胸が熱くなる。
会場中が、涙となんともいえないエネルギーに包まれている。
こんな会をイメージせず参加してしまった分、
意外だったが、参加できて心があたたまった。
こうやって大人たちの声援を浴びながら、
子どもたちは成長していくのだ。
教育の日
2010年5月3日(月)
5月2日は教育の日だったが、
日曜だったため、式典は月曜に行われた。
早朝から人が集まり、準備。
中心街にある小中高校が広場に集まり、
県知事を初めとする県内のお偉い方々や
教員たちも全員集合だ。
朝の式典の最後には、3月にJOCVの環境隊員を中心に運営された
3R LOMBA MENYANI(3月8日の記事)の表彰も行われた
タカラールでは小学校1つ、高校2つの計3校が入賞した
会は一時中断して、夜の部へ
夜は、教員を初め、タカラール県の教育に貢献した人たちへ
県知事からの表彰が行われた。
JICAの名前も呼ばれ、表彰を受けた。
今日午前中に、突然夜の会には日本の服を着て参加をして!
と上司から言われた時には何が行われるのか分からなかったが
参加してみてはじめて分かった。
この表彰で、舞台に立つときに
外国人をアピールせよということだったようだ。
私はゆかたを、KOICA(韓国の協力隊員)はチマチョゴリを着て
参加。
それまで現地に溶け込めるように、服も行動も食べ物も
すべて現地の人と共にしてきたが
この時ばかりは外国人オーラを放っていたようで、
注目を浴びた。
同僚や上司は、予想以上に喜んでくれた。
「タカラール県は海外の支援も受け
教育の向上に日々努めている」
という大義名分がたち、
教育局長も県知事に鼻高々というところか?
表彰の後は得意のカラオケ大会!
マカッサル人はにぎやかなことが大好き!
歌って踊ってと、宴は夜11時近くまで続いた。
愉快な一日だった。
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