2009年8月9日日曜日

パサール(市場)での買い物





      2009年6月27日(土)
現地の人の買い物に同行。
私の家のイブは、私が仕事に行っている間にパサールに行くため、
家の人の買い物に付き合ったことはなかったので、
イブミナ(村に行くとお世話になっているおばあさん)の買い物に付き合って、
はじめて現地人の買い物の仕方を知る。
 店でごった返しているパサールの中をかき分け、
手際よく買うべき品物を品定めし、購入している。
このパサールには何度か足を運んでいるが、
毎回見学といった感じで、大量に買い物をしたことはなかった。
だから、こんなふうに現地の人がいろいろと買い物するのを
初めて見たのだ。
大混雑の中を、するすると人だかりをすりぬけて
目的地に移動する。
購入の際には、値切り・おまけを必ずもらう。
主婦は、国を問わず力強いものだ。

 パサールに行くと、その地域の暮らしがよく分かる。
日々の暮らしというものの、奥深さを感じる。
活気があり、『人は生きている』というのを、感じられる場所だと思う。
パサールでの買い物に、パワーをもらったといったら、言いすぎだろうか?

家に戻ったイブミナは、いつもの優しいおばあさんに戻っていた。
パサールには、『生きる力』があふれている。

最近の活動



4月から、生徒たちに教え始めたアクセサリー作り。
写真は現在通っている村の生徒たちだ。
そもそもは、授業に教員が来ないという問題があり、
教員の来ない授業時間を無駄にしないために、
補教授業としていろいろ教え始めた。
その中で生徒たちが興味を持ってくれたのがこのアクセサリー作りだった。

編み方の練習から始まったのだが、

毎日通ってくる生徒はどんどんうまくなっていった。
うまくできた生徒は自分で持ち帰り、
近所の人に売り始めて2ヶ月になる。
まだまだ試作の段階ではあるが、
作ったものが売れるのは嬉しいようで、
生徒の何人かはかなり気合を入れて毎日作成している。

この生徒たちは先日の試験を受け、PAKET Cは卒業見込みだ。
でも生徒全員が、学校を卒業しても仕事がないという。
このままぶらぶらと、日々過ごしていくのだろうか?
『仕事はどうするの?』
と聞いても
『仕事はないから、家に居る』
というのが、生徒の声。

それでも生活ができてしまうのだから、
どうなっているんだろうなァ・・・
と、外国人の私は考えてしまうのだった。

仕事をする楽しさを何とかして伝えたいものだ。

作品の成果



    2009年6月27日(土)
いつもお世話になっている村のイブミナの家に宿泊。
お手伝いで、村からパサールへ一緒に行く。
そんなペテペテの中。

向かいに座った男の子の左腕に注目!
なんと、私の生徒たちが作ったアクセサリーをしている!!

4月から授業で村の生徒が作り始め、
できた作品を売り始めたのだが、実際に生徒以外が身に着けているのを
みるのはこれが初めてだ。
思わず子どもに声をかけ、誰から買ったのかを聞いてみる。
一生懸命毎日新作品を作っていたある女の子から買ったようだった。

気に入ってくれているようで、毎日身につけているとの事。

こうして実際に売れて、身につけている人を見るのはこんなにも
嬉しいものなんだなぁ・・・!

生徒たちに見せたいと思い、写真をとらせてもらう。
生徒たちはきっともっともっと、喜ぶに違いない!

ujian national試験当日



       2009年6月25日(木)
23日(火)~26日(金)の4日間にわたって行われる試験。
ノンフォーマルの生徒約450人。フォーマルの生徒約120人。
県内で、総勢600人の生徒が受験をしている。
今日で3日目が無事終了した。
試験は午後1時から5時まで2教科ずつ行われる。
とはいえ、日本のように時間きっちりに始まるわけではない。
試験官・受験者ともに、遅れてくることもしばしば。
そのうえ、この国ならではの難しい現実がある。

日本人として、不正行為を見逃すこともできないし、
その手助けをすることは許しがたいわけだが、
この国の現状はそうなんだと言われると、
おかしいと思うし悔しいけれど何もできない。
そのたびに、日本ではこのことは許されないことだ。
と日本の常識を話し、
また、この国の文化も理解しているから、仕方がないことだとは思っている。
というようなあいまいな返答をしている。
でも、その不正の行われている空間に居るだけでも、罪悪感がかなりある。

何のための試験なのか?
慣例として行っているだけなのか?
本当に必要があり、行っていることなのかという疑問がある。

自宅に帰ってから、同僚であり、ホストファミリーであるSakriに少し話してみる。
この試験自体に、賛否両論あるという。
任地のような田舎では、都会のような教育レベルにはまだ達していなく、
それなのに全国共通で行われるこの試験は、
やる前から不利なのだと。
だから、教員が助けてあげなくてはかわいそうだ。
という主張だ。

教育の複雑さは、国自体を複雑にするのかもしれない・・・
何のための試験なのかを問う国民は、どこかにいるのだろうか?

2009年7月2日木曜日

インドネシア生活1年経ちました!



     
2009年6月23日(水)
インドネシアに来てから
今日でちょうど1年が経つ。
日本からジャカルタへ。
まだ見ぬ任地生活に
想いを馳せながら、
ワクワクしながら来たのだ。

 
任地での暮らしは生活となり、
いまではすっかりここでの生活にも慣れた。

限られた2年間という時間の中で、
何ができ、何を残せるのかはまだ分からないが
精一杯できることをやっていくしかないと
感じている。

いつも応援してくださっている
多くの方々に感謝をし、
あと1年を無事に元気に過ごしたいと思っています。
このブログを見てくださっている方々、
いつもありがとうございます。
*写真はいつも通っている村の夕陽です。

生徒の一生

     2009年6月22日(月)
明日がノンフォーマルの生徒対象の試験。
教育局で仕事をしていると、一人の先生がやってきた。
フォーマルの学校の先生で、受験に落ちた生徒の受験願いを持参してきたのだ。

試験前日に持ってきても、間に合うはずがない。
配属先では先週の金曜には締め切り、同僚は金曜の午後に州の教育局に持参。
州の教育局で受験票が作られ、今日配布されているという次第。
いまさら何でもってきているのだろう・・・というのが最初の感想。
 小さい学校のようで、再受験の生徒は2人。
この課から学校への通達があったのが木曜の午後で、
すぐに生徒に準備をさせたが、校長が学校に居なくてサインがもらえずとかなんとか・・・
結局金曜には用意できなかったとのこと。
教育局の同僚は、『もう間に合わない。おそすぎた』
と一言。
生徒は明日の受験資格を失った。
この生徒がもし、進学が決定している者だとしたら、
今回受験できないことで、自動的に進学は断たれてしまう。
次の試験は11月。
それまでこの2人の生徒は進学も、仕事もできないのだ。
今回のことは、受験に向けてのシステムの問題であり、
何事もギリギリに行うこの国の慣習が災いしていると思う。
例えば、明日の朝ある会議の通達が、前日の夕方にまわっていきたりする。
だから、その分『急で準備できなかった・参加できなかった』という
言い分が認められてしまう。
常々この体制には日本人として疑問を感じてはいたが、
今回のことは、生徒の将来もかかっているのでは・・・と思うと気が気ではなかった。
同僚に話してもらちがあかないので、上司に話すように促したのだが、
結局先生は全く関係ない同僚(この課の者ではないのになんとなく居る人)に
切実に訴えていたりして、どうにもならない。
最後には、次回の試験を受けさせますといって、帰ってしまった。
何とも後味の悪い思いである。

 日本では、受験に対してかなり教員も親も生徒も敏感に対応する。
教師のミスで受験ができないなどということは、決してあってはならないこと。
どんな思いで教員が生徒に説明をするのかと、
同情の思いでいたが、ここでは生徒の一生を左右すると言うほどの
大きな問題としては捉えられていないようだ。

 教育局内で、この話をいくらしても
『締め切りは過ぎたから・・・』
と一言で済ます同僚。
合格発表から今まで資料の準備をする時間はあったはずなのに
先に準備をしておかなかった学校の先生。
願書締切日の前日に各学校へ願書受付の通達を出す教育局の体制。(私の課の仕事)
どれも、ちょっと気を回せば回避できそうなものなのに、
そういう点に配慮しないのが、この県の発展を遅らせているのだー!
と、悔しいやら情けないやら。

 勤務先では誰も相手にしてくれないので、
家に帰ってイブに今日の出来事を話した。
知識人であるイブは、
『誰も責任を持とうとしないのね。
本当はそれぞれが責任を持って働くべきなのに・・・』
と言っていた。
そうなのそうなの!とは思うものの、
実行に移すことのなんと難しいことか。
目先の面倒くささに煩わされ、面倒だからと適当に仕事を片付ける人たち。

日本人として、それはちょっと・・・!
と思う場面にでくわすたびに、
任地の人になんと説明をしたら分かってもらえるのか?
と悩みつつ、伝わらない言語を駆使して説明をするのだった。
この生徒の将来は、どうなってしまうのだろうか・・・

試験1週間前

    2009年6月16日(火)
いよいよ、私の担当していた生徒たちの
卒業資格認定試験(UJIAN NATIONAL)ノンフォーマルの生徒用試験が来週に迫ってきた。
 インドネシアでは、全国統一でこの試験(UJIAN NATIONAL)が年に1回行われる。
この試験は卒業のための試験ではなく、次の学校に入るための資格取得試験だ。
この試験に合格しないと、中学校は卒業したものの高校に入学できないということになる。
正確には、フォーマルの学校生徒対象にこの試験が行われ、試験に不合格したものは再度ノンフォーマルの生徒の受ける試験を受験する。
どちらの試験に合格しても、資格取得の価値は同様。
フォーマルもノンフォーマルも、合格の時点で同じ証書がもらえることになる。

私の生徒たちは、ノンフォーマルの生徒用の試験を受験する。
今日はちょうど1週間前。
生徒たちのほとんどが登校。
(一度も会ったことのない生徒も居てびっくり!!)
今日は、マークシートの塗り方の説明。
マークシートでの回答は、UJIAN NATIONALでしか使う機会がないようで、
慣れていないため、塗り方一つも慎重だ。
日本と同様、
きちんと枠の中をきれいに塗りつぶすこと、
同じ行に2つ塗りつぶすことがないように間違えないこと
解答欄を間違えないこと

などの念を押し、一人ひとり練習用の紙に塗っているのを見て回る。
この時点になっても担当教師は出向かず、
結局郡の担当者が説明をしている。
そもそも役割分担がこうなのかもしれないが、
試験前の生徒が心配じゃないのか!!とつい文句をいいたくなってしまう。

この試験が行われるのをみるのはこれで2度目だが、
どう考えても、PAKETの生徒が受験するには問題が難しすぎ、
自力で解ける問題はほぼないといってよい。

生徒たちは合格できるだろうか・・・?
と真剣に私に訴えてくる。
日本ならば、
『自分のやってきたことを信じて、あきらめずにガンバッテ!』
なんて言いたいところだが、
ここの生徒たちはろくな授業も受けず積み重ねもないものだから、
何とも励ましの言葉が見つからない。
いまさらながら一生懸命出題範囲を書き留める彼らに、
無駄な苦労だということもできず、
かといって、的確なアドバイスをすることもできず、
とにかく一緒にいるだけしかできない私だった。

教育って何だろう?
当たり前に日本の教育を受けてきた私には、
ここでの教育のどの点を見直していけるのか、
課題が多すぎて、困惑している。