記2008年12月31日(水)
2008年最後ということで、庭でバーベキューをしながらカウントダウン。
親戚の男の子たちもやってきて、ギターを弾きにぎやか。
インドネシアで新年を迎えるなんて、想像もしなかったな。
コタツに入って、除夜の鐘を聞いて・・・といういつもの新年とは違ったけれど、
こんな風に偶然に集まった人たちと新年を迎えられてこれもまた、おもしろかった。
12時のカウントダウンを待って、あちこちから花火が上がり、賑やかに新年が明ける。
それぞれ新年の挨拶をしたあとは3階建ての屋上に行き、歌の時間。
ギターに合わせて、歌を歌ったり。
寝転んで空を見上げると、瞬くばかりの星たち。
ギターの音色と合わせて寝転んでいると、キャンプ場に居る自分と重なったりして。
キャンプ場で過ごしているような錯覚を起こしながら、睡魔と闘いながらこの時間を惜しむ私が居た。
キャンプ場のみんなを思い出した。
2009年1月17日土曜日
ボゴールの自然その④
田舎 kampoeng Wisata Cinangneng
観光農場になっている田舎にいく。
田舎の生活が垣間見られるというところだった。
自分の任地とどちらが田舎かを確かめようと、早速行ってみることに。
いい田舎具合にのんびり。
任地といい勝負!
観光農場とはいえ、一つの村になっていて、村人が普通に生活をしている。
ちょうど集落をぐるっとまわらせてもらった感じ。
ちょうど稲刈りが終わり、稲を干していたところだった。
任地より水か豊かなせいか、畑の土も良く肥えていて、
野菜の種類がとても多かった。
日本のように、整然と畑に多くの作物が植わっていて、任地のトウモロコシ畑とは
だいぶ違う。
確かに野菜の豊富な地域というのが、分かる。
田園の中を歩いていると、村の子どもたちの視線が・・・
ついてきた子どもたちがかわいくて、旅をより楽しくしてくれた。
ボゴールの自然その①
2009年1月10日土曜日
BOGORへの旅
なぜBogorに行ったのかというと、日本での訓練中にお世話になった語学の先生が
里帰りしていたからだ。
訓練中には、2年後(帰国)まで会えないと思いながら別れたものだったが、
訓練中には、2年後(帰国)まで会えないと思いながら別れたものだったが、
インドネシアに来ると聞いてぜひ会いたいと思い、会いに出かけた。
当初の予定は、ボゴールからジャワ島の国立公園をいくつか回る旅をする予定だったが、
当初の予定は、ボゴールからジャワ島の国立公園をいくつか回る旅をする予定だったが、
先生の顔を見たらとても嬉しくなってしまって、結局ここで新年を迎えるということになった。
同期隊員より一足先に先生に会ってすっかりボゴール生活を満喫した私は、
同期隊員より一足先に先生に会ってすっかりボゴール生活を満喫した私は、
とってもご機嫌だったようだ。(同期隊員談)
翌日には同期隊員2人と、日本からのお客様を空港で迎えて、
翌日には同期隊員2人と、日本からのお客様を空港で迎えて、
先生とだんな様含め6人で、ボゴールでの旅が始まった!!
久々に同期(インドネシアの端と端にお互いの任地があり、なかなか会えない人)と話をしたり、
久々に同期(インドネシアの端と端にお互いの任地があり、なかなか会えない人)と話をしたり、
先生に近況報告をしたり訓練所での生活を思い出したり、と内容盛り沢山だった。
任地ともまた違ったゆるやかな時間の流れの中、毎晩懲りずに本当に飽きるまで話をし、
任地ともまた違ったゆるやかな時間の流れの中、毎晩懲りずに本当に飽きるまで話をし、
寝るのも惜しんで過ごした。
本当に楽しかったなぁ!
写真は先生のお宅。敷地がものすごく広く、離れの部屋に宿泊。
本当に楽しかったなぁ!
写真は先生のお宅。敷地がものすごく広く、離れの部屋に宿泊。
2009年1月9日金曜日
BOGOR行きの列車
2008年12月27日土曜日
TERIMA KASIH(ありがとう)
12月27日(土)
メールをくれた皆さん、ありがとうございます。
年末ですね。
もうすぐ1年が終わるのかと思うと、早いなぁ・・・と感じます。
私の体温は冬の寒さで年明けを感じるようで、
メールをくれた皆さん、ありがとうございます。
年末ですね。
もうすぐ1年が終わるのかと思うと、早いなぁ・・・と感じます。
私の体温は冬の寒さで年明けを感じるようで、
まだまだ暑いこの夏のインドネシアでは、
年末という雰囲気がありません。
今年ももう終わりかぁ・・・というしみじみとした感じが今現在もまだないのです!
日本人にとって年末年始は本当に特別な大イベントなんだなぁ・・・
年末という雰囲気がありません。
今年ももう終わりかぁ・・・というしみじみとした感じが今現在もまだないのです!
日本人にとって年末年始は本当に特別な大イベントなんだなぁ・・・
とあらためて感じたりして。
日本人同士で、「よいお年を!」とここでも言葉が交わされますが、
暑い気候の中では、いまいち実感が湧かないというか・・・
体で感じたことは、本当に染みついているものです。
毎年初日の出は近所の山で拝んでいたので、
日本人同士で、「よいお年を!」とここでも言葉が交わされますが、
暑い気候の中では、いまいち実感が湧かないというか・・・
体で感じたことは、本当に染みついているものです。
毎年初日の出は近所の山で拝んでいたので、
来年はどこで拝もうかと頭を悩ませましたが、
雨季ということもあり山頂で拝むことはどこも難しそうです。
でも、初日の出を見ながらの新年の誓いはやっぱり必要なので、
でも、初日の出を見ながらの新年の誓いはやっぱり必要なので、
どこかで初日の出を拝むつもりです。
今年の初日の出は、3-2の合格祈願にかけてしまったので、
今年の初日の出は、3-2の合格祈願にかけてしまったので、
来年は何か自分の事を!
どうやら今気づきましたが、新年の誓いではなくお願いしてたようです・・・
来年は新年の誓いをしよう。
みなさん、よいお年をお迎えください。
いつも、ありがとうございます。
どうやら今気づきましたが、新年の誓いではなくお願いしてたようです・・・
来年は新年の誓いをしよう。
みなさん、よいお年をお迎えください。
いつも、ありがとうございます。
本当に感謝!感謝!
TERIMA KASIH BANYAK
TERIMA KASIH BANYAK
ジャカルタでクリスマス!
記12月26日(金)
任地を離れて初めての国内旅行に!
まずはジャカルタの隊員連絡所で、のんびり。
本当にのんびりしている。
任地では常に家族と一緒だったから、毎日がとてもにぎやかだった。
それもそれで良いのだけれど、家でのんびりできるという感じではなかったので、
とてもこの時間を楽しんでいる。
まるで栃木から東京へ初めて上京した日のように、
任地から大都会へ来た私は、 すっかりおのぼりさん状態。
先輩隊員や、すでにこの辺に詳しい同期隊員に案内してもらって、
ジャカルタをぐるぐる。
うちの家族の人たちは、お父さん以外ジャカルタにはまだ行ったことがない。
きっと来たら都会過ぎてびっくりするだろう。
こんな私でさえ、分かっていながらもやっぱり都会だなぁ・・・
って感じるから。
これから、同期と合流して旅が始まる。
いつも通り、何の計画も立てずにいきあたりばったりの旅だ。
ふふふ。
任地を離れて初めての国内旅行に!
まずはジャカルタの隊員連絡所で、のんびり。
本当にのんびりしている。
任地では常に家族と一緒だったから、毎日がとてもにぎやかだった。
それもそれで良いのだけれど、家でのんびりできるという感じではなかったので、
とてもこの時間を楽しんでいる。
まるで栃木から東京へ初めて上京した日のように、
任地から大都会へ来た私は、 すっかりおのぼりさん状態。
先輩隊員や、すでにこの辺に詳しい同期隊員に案内してもらって、
ジャカルタをぐるぐる。
うちの家族の人たちは、お父さん以外ジャカルタにはまだ行ったことがない。
きっと来たら都会過ぎてびっくりするだろう。
こんな私でさえ、分かっていながらもやっぱり都会だなぁ・・・
って感じるから。
これから、同期と合流して旅が始まる。
いつも通り、何の計画も立てずにいきあたりばったりの旅だ。
ふふふ。
2008年12月20日土曜日
HARI AKSARA INTERNATIONAL
記12月17日(水)
いろいろとイベントは尽きず、今日はマカッサルで「国際識字デー」に参加。
南スラウェシ州のPLS課の人たちを中心にたくさんの人が集合。
かなりにぎやかなイベントで、私の県ではPLS課と、PLS課の事業に所属する職員約40名が出席した。
このイベントでは識字教育のメンバーや教員に対してのコンテストがあり、発表があったのだが・・・
実はこの招待状が私の県には2日前に届き、課内はちょっとした大さわぎに。
1日では準備どころか、コンテスト参加のメンバーの決定さえできないからだ。
職員に声をかけ当日会場に参加するのがやっと。コンテストへの参加は見送った。
招待状の作成日は12月1日になっていたのに、どうしてこういう事が起こるのだろう・・・
それにしてもコンテストに参加できなかったので、県としてはとても残念なようだった。
いろいろとイベントは尽きず、今日はマカッサルで「国際識字デー」に参加。
南スラウェシ州のPLS課の人たちを中心にたくさんの人が集合。
かなりにぎやかなイベントで、私の県ではPLS課と、PLS課の事業に所属する職員約40名が出席した。
このイベントでは識字教育のメンバーや教員に対してのコンテストがあり、発表があったのだが・・・
実はこの招待状が私の県には2日前に届き、課内はちょっとした大さわぎに。
1日では準備どころか、コンテスト参加のメンバーの決定さえできないからだ。
職員に声をかけ当日会場に参加するのがやっと。コンテストへの参加は見送った。
招待状の作成日は12月1日になっていたのに、どうしてこういう事が起こるのだろう・・・
それにしてもコンテストに参加できなかったので、県としてはとても残念なようだった。
WARUNGでの食事
記12月17日(水)
マカッサルに行くと上司がいつもご飯をごちそうしてくれるのだが、海の街だけにすごい。
写真のように、クーラーボックスに入った魚の中から、自分で好きな魚を選び、調理方法を選び食べる。
のだが、な・な・なんと。
1人一匹頼むのだ!食べきれーん!
と毎回訴えているのだが、それでも毎回注文される。
体の部分だけで、20cmはある魚を、一人で食べるのだ。
この魚のほかに、イカや野菜、スープなどを注文するものだから、テーブルの上は大変なことになっている。
日本人は魚をきれいに食べるといわれるけど、到底食べきれずに半身まるまる残ってしまうのだった・・・
食べ物は粗末にしてはいけないと育ってきたが、ここではかなりの残飯が出ている。
うーん。
マカッサルに行くと上司がいつもご飯をごちそうしてくれるのだが、海の街だけにすごい。
写真のように、クーラーボックスに入った魚の中から、自分で好きな魚を選び、調理方法を選び食べる。
のだが、な・な・なんと。
1人一匹頼むのだ!食べきれーん!
と毎回訴えているのだが、それでも毎回注文される。
体の部分だけで、20cmはある魚を、一人で食べるのだ。
この魚のほかに、イカや野菜、スープなどを注文するものだから、テーブルの上は大変なことになっている。
日本人は魚をきれいに食べるといわれるけど、到底食べきれずに半身まるまる残ってしまうのだった・・・
食べ物は粗末にしてはいけないと育ってきたが、ここではかなりの残飯が出ている。
うーん。
活動計画
12月15日(月)
勢いに乗じて、早速上司と私の活動計画を再考した。
とはいえ、語学的にうまく伝わっていないことが多く、前回までの交渉や、計画とはかなり違ってしまったが。
上司としても、私が何の目的で、何をしに来たのかが説明以外には具体的に分からなかった分想像もしがたいようだったが、今回は少し具体的に提示できたので少し進んだ感じ。
初代隊員が通るべき道を順調に進んで、一つすっきりしたか?
今まで活動内容を上司に大枠でしか伝えられなかったり、じっくり相談に応じてくれると言うタイプの上司ではない分、こういう話ができずにいたのだが、今日は勝負をかけてみた。
帰国までの大枠の活動を初めて話す事ができた(そこまで話がもった)ので、画期的といえる。ただ一方的に私の話を聞くだけ(この場合は流されている場合が多く、こちらは話したつもりでも実際は伝わっていないことが多い)ではなく、意見の交換ができた。
とはいえ、もちろんいつも通り途中で他の人に話を横どられ全ては話しきれなかったが、今までよりはずっと進歩と言う感じ。
日本でいうところの相談とは程遠いが、そういえば外国人社長に雇われていたときもこんな感じで交渉や提案をしていたことを思い出した。
改まった場ではなく、日々の雑談の延長で交渉ごとを持ち込むという手段だ。
いつもこうしていたことを思い出し、言葉の齟齬はあるものの、この作戦は使えることを実感した。
活動計画が独り歩きせず、上司と歩調を合わせることによって、活動が一歩前進したように思う。
交渉ごとは苦手だが、ちょっと勇気を出してみたら思いのほかうまく話が進んだので、自分でもびっくりしている。
勢いに乗じて、早速上司と私の活動計画を再考した。
とはいえ、語学的にうまく伝わっていないことが多く、前回までの交渉や、計画とはかなり違ってしまったが。
上司としても、私が何の目的で、何をしに来たのかが説明以外には具体的に分からなかった分想像もしがたいようだったが、今回は少し具体的に提示できたので少し進んだ感じ。
初代隊員が通るべき道を順調に進んで、一つすっきりしたか?
今まで活動内容を上司に大枠でしか伝えられなかったり、じっくり相談に応じてくれると言うタイプの上司ではない分、こういう話ができずにいたのだが、今日は勝負をかけてみた。
帰国までの大枠の活動を初めて話す事ができた(そこまで話がもった)ので、画期的といえる。ただ一方的に私の話を聞くだけ(この場合は流されている場合が多く、こちらは話したつもりでも実際は伝わっていないことが多い)ではなく、意見の交換ができた。
とはいえ、もちろんいつも通り途中で他の人に話を横どられ全ては話しきれなかったが、今までよりはずっと進歩と言う感じ。
日本でいうところの相談とは程遠いが、そういえば外国人社長に雇われていたときもこんな感じで交渉や提案をしていたことを思い出した。
改まった場ではなく、日々の雑談の延長で交渉ごとを持ち込むという手段だ。
いつもこうしていたことを思い出し、言葉の齟齬はあるものの、この作戦は使えることを実感した。
活動計画が独り歩きせず、上司と歩調を合わせることによって、活動が一歩前進したように思う。
交渉ごとは苦手だが、ちょっと勇気を出してみたら思いのほかうまく話が進んだので、自分でもびっくりしている。
ジャカルタ上京
12月13日(土)
9日から13日まで、隊員全員がジャカルタに上がり総会が開かれた。
ここインドネシアにはJV・SV(シニア)含め約50名の隊員が派遣されている。
赴任先南スラウェシ島には15名居るためすでに顔なじみの人もかなりいたが、それにしても多くの隊員が一同に集まったので、賑やかに行われた。
こんなにも多くの隊員がここで働いているのかと思うと、いろいろと思うところがあり、すでに帰国を間近に控えている隊員の帰国報告会や、職種別の活動紹介など自分の今後の活動の参考になることも多く、得るものが多かった。
ちょうど今後の活動の仕方について考え直す時期だったので、この機会に他の隊員の活動状況を聞いたり、情報交換をすることは意義のあることだった。
一人ひとり派遣地が違い、状況や環境も違い、目に見える成果ばかりが上がる隊員ばかりではないことも分かった。
大事なことは、現地の中でいかに共に働いていくかということだと感じた。
日本の技術を持ち込んだり、一方的に教えることだけでなく、本当に現地の人たちが望んでいることは何かを感じ同じ目線で考えながら、共に考え活動していくことだと再確認した。そう思って任地に居たつもりだったが、まだまだ表面しか見えておらず、村人の生活に入っているとはいいがたい自分を振り返ることができた。
とはいえ、自分のこの5ヶ月間の活動は間違っていないという確信を得、新たに気持ちが湧いてきた。
この勢いに乗って、今後の活動を展開していけたらいいと感じている。
9日から13日まで、隊員全員がジャカルタに上がり総会が開かれた。
ここインドネシアにはJV・SV(シニア)含め約50名の隊員が派遣されている。
赴任先南スラウェシ島には15名居るためすでに顔なじみの人もかなりいたが、それにしても多くの隊員が一同に集まったので、賑やかに行われた。
こんなにも多くの隊員がここで働いているのかと思うと、いろいろと思うところがあり、すでに帰国を間近に控えている隊員の帰国報告会や、職種別の活動紹介など自分の今後の活動の参考になることも多く、得るものが多かった。
ちょうど今後の活動の仕方について考え直す時期だったので、この機会に他の隊員の活動状況を聞いたり、情報交換をすることは意義のあることだった。
一人ひとり派遣地が違い、状況や環境も違い、目に見える成果ばかりが上がる隊員ばかりではないことも分かった。
大事なことは、現地の中でいかに共に働いていくかということだと感じた。
日本の技術を持ち込んだり、一方的に教えることだけでなく、本当に現地の人たちが望んでいることは何かを感じ同じ目線で考えながら、共に考え活動していくことだと再確認した。そう思って任地に居たつもりだったが、まだまだ表面しか見えておらず、村人の生活に入っているとはいいがたい自分を振り返ることができた。
とはいえ、自分のこの5ヶ月間の活動は間違っていないという確信を得、新たに気持ちが湧いてきた。
この勢いに乗って、今後の活動を展開していけたらいいと感じている。
ラマダン 犠牲祭
記12月8日(月)
5時起床。今日はIdul Adha(犠牲祭)だ。
10月1日のラマダンと同様、朝の6時には広場に集まり、お祈りが始まった。
今回はなんと、お祈りをしている家族の間に座ることができ、お祈りの様子をビデオ撮影させてもらった。
イブが日本に紹介するなら撮影していいよと言ってくれたのだ。
今回のラマダンは、10月に比べるとちょっとだけ人が少なかった。
10月のほうが正式なのだろうか?
我が家でも10月は家族全員で参加したが、今日は若夫婦は参加せずに家に居たようだった。
お祈りが終わると、イブの実家へ行く。
ラマダンには必ず食べるご飯を食べると、いよいよ今日のメインイベント会場へ。
イブの兄弟共用で使用しているという別荘(というより海の家のような感じで、小屋が建っているだけ)に移動する。
今日は犠牲祭。
うちの親戚以外にも、たくさんの子どもたちが集まってきた。
この肉の一部を、貧しい人たちに分け与えるのがこの犠牲祭の目的の一つだ。
この日のために、イブの兄弟7人で1頭の大きな牛を買った。
写真の牛が犠牲祭に使われたもの。牛を引いているのが貧しい家の子どもたち。
その牛は、お祈りと共にHAJIの手によって命を絶たれ、すぐに解体された。
その命を絶つ瞬間から解体され肉になるまでの工程、その雰囲気がなんとも表現しがたいものだった。
日本人の多くは、気持ちが悪いと目を背けるだろうが、ここでは祈りを込めて小さなこどもからお年寄りまでが全てを見守る。
一部始終を見せてもらった(ビデオ撮影もできた)が、儀式的なその工程と、職人の包丁さばきの素晴らしさに思わず目が釘付けになってしまった。
きれいに解体され、肉になり余すところなく全てが分けられた。
まずは7家族分に分けられ、次に解体の職人や地元の人たちへ、最後に周りにいた貧しい子どもたちへと配られた。子どもたちは袋を持っていて、職人が肉片を分けるや否や肉を奪い合いながら、少しでも多くもらえるようにと切実にお願いしていた。
我が家では、まだ一度も牛肉が食卓にあがったことはない。
その位、肉を食べると言うのは特別な行事でしかありえないのだ。
半年居て気づいたが、村人が牛肉を食べるなんてこの時くらいしかないようだ。
仕事は全て村人が行い、他の人たちは見ているだけだ。
見えない階級社会があることも感じた。
文化的な行事に参加するたびに、この国の複雑さを感じている。
のち、前回同様親戚回りをする。
とはいえ、前回のラマダンよりは全体的にひっそりとしている感じ。
前回の方が賑やかだったかな?
イスラムの犠牲祭を間近に見られたのは衝撃的ではあったが、貴重な経験となった。
うちの親戚以外にも、たくさんの子どもたちが集まってきた。
この肉の一部を、貧しい人たちに分け与えるのがこの犠牲祭の目的の一つだ。
この日のために、イブの兄弟7人で1頭の大きな牛を買った。
写真の牛が犠牲祭に使われたもの。牛を引いているのが貧しい家の子どもたち。
その牛は、お祈りと共にHAJIの手によって命を絶たれ、すぐに解体された。
その命を絶つ瞬間から解体され肉になるまでの工程、その雰囲気がなんとも表現しがたいものだった。
日本人の多くは、気持ちが悪いと目を背けるだろうが、ここでは祈りを込めて小さなこどもからお年寄りまでが全てを見守る。
一部始終を見せてもらった(ビデオ撮影もできた)が、儀式的なその工程と、職人の包丁さばきの素晴らしさに思わず目が釘付けになってしまった。
きれいに解体され、肉になり余すところなく全てが分けられた。
まずは7家族分に分けられ、次に解体の職人や地元の人たちへ、最後に周りにいた貧しい子どもたちへと配られた。子どもたちは袋を持っていて、職人が肉片を分けるや否や肉を奪い合いながら、少しでも多くもらえるようにと切実にお願いしていた。
我が家では、まだ一度も牛肉が食卓にあがったことはない。
その位、肉を食べると言うのは特別な行事でしかありえないのだ。
半年居て気づいたが、村人が牛肉を食べるなんてこの時くらいしかないようだ。
仕事は全て村人が行い、他の人たちは見ているだけだ。
見えない階級社会があることも感じた。
文化的な行事に参加するたびに、この国の複雑さを感じている。
のち、前回同様親戚回りをする。
とはいえ、前回のラマダンよりは全体的にひっそりとしている感じ。
前回の方が賑やかだったかな?
イスラムの犠牲祭を間近に見られたのは衝撃的ではあったが、貴重な経験となった。
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