2009年2月7日(土)
町を歩いていると、見た目は小学校4年生(日本の子どもたちより3~4歳幼く見える)
の男の子が2人、用水路で釣りをしていた。
なんとなく近寄ってみると、小さな魚を釣りまくっている。
釣り竿は、細い竹に釣り糸をたらしただけのもの。
餌はミミズまたは小麦粉を練ったものに、香辛料で黄色い色付けをしたもの。
早速仲間に加えてもらう。
外国人の私に、質問攻撃の子どもたちはなんと、すでに中学2年生。
本当にここの子どもたちの体は小さい。
釣りを見ていると、塾帰りの女の子たちの集団や仕事帰りのおじさんなどが、何をしているんだと寄ってきたりして、結局にぎやかな集まりになった。
釣りをしていた子達の名前を聞いたが、インドネシア人の名前は何度聞いても覚えられず、必死に何度も頭の中で繰り返したが帰ってきたらやはり忘れている。
でも、元気な子どもたちの笑顔はしっかり覚えている。
毎日つりに来ているのだといっていた。
明日は私の分の釣竿ももってきてくれると約束してくれた。
ここのところ何かと、気持ちが沈むことが多く気分転換に町を歩いてみたのだが、
子どもたちと遊んでいると嫌なこともすべて吹き飛ぶのだから不思議なものだ。
2009年3月1日日曜日
スタディーバンディング スラバヤ
2009年2月6日(金)
2月3日(火)から4日間スラバヤに出かける。
環境についての報告会だが、そのプログラムの裏プログラム?としてあるコンポスト作りの実践をこの目でみるために、参加してきた。
一緒にタカラール県で働いている郡の担当者(以下CP)も2人連れて行く。
この2人にとってスラウェシ島を出るということは、生まれてはじめての経験。
この機会がなかったら、きっと一生出ることはないだろう。(聖地に行く以外)
ジャワ島に行くということだけで舞い上がってしまった二人は、すっかり旅行気分。
奥さんはわざわざ空港まで見送りに来て、うらめしそうに私も連れて行ってと嘆く。
奥さんいわく、結婚してから1日も離れて夜を過ごしたことはないそう。(結婚20年くらいは経っている)
涙ながらに見送る姿を見て、たかが出張だけれど連れて行く私が悪いような気がしてしまった。
いかん、いかん。
この研修は自分にとってすごく有意義なものだったが、
CPを連れて行ったことで、本当の意味で現地の人と共に働くことの難しさを知った。
文化も習慣も違い、日本人同士なら常識であることも、その常識が裏返る。
今まで任地で働いていたときにあまり感じなかったのは、
現地の人が外国人である私に気を使ってくれていたからなのかもしれないと、あらためて感じた。
物事の感じ方。モラル。時間に対する考え方。
全て日本人が正しいと言う価値観を押し付けないというのが、ここでの活動で一番気を配っていたことだった。
だからこの違いにいちいち腹を立てないことを目標に過ごしてきたわけだが。
日本人主体の研修に参加すると、時間一つにしても集合時間に集合場所に来ないことにハラハラし、
いつもなら流せることが流せなくなってしまっていた。
説明も、通じない。
こちらはきちんと伝えたつもりでも、別の解釈をされてしまう。
こんなにも違うのだということを強く感じた。
そして、他の隊員のCPと話をするにつけ、日本人と働きなれている現地人と、そうでない人の差―現地人からの歩み寄りのある意識の違いーを感じた。
あらためて、この人たちとやっていくことの難しさを感じた。
私の任地での活動、なぜここに来たのか?何をしたいのか?共に協力して働きたいということ。
それらを一つ一つ説明して理解してもらうのは、気の遠くなるような話だ。
本当に必要な援助をするということは、本当に必要だと思っている人に出会わなければならない。
なんとかしたいと思う人がいなければ、何も変わらないのだ。
そうはいっても、任地の人は人がいい。
任地の人たちに助けられ、半年楽しくやってきた。
そろそろ、私が何かをする番だ。
日本からの手紙
2009年2月2日(月)
家から帰ると、部屋の前にEMS。
日本からのものと一目で分かり、思わず顔がほころぶ。
団長からの手紙と、元同僚からのEMSだ。
手紙は約2週間を経て、たどりついている。
もうすでに何度送ってもらったのだろうか?
本当に嬉しい。
EMSには、新しい日記帳が数冊。
ちょうど2冊目の日記帳が終えるところだった。
グッドタイミングの到着に、さすが○○っちと言う感じ。
こうやって心を和ませてくれる嬉しい便りが届くたび、
ここでもうひとふんばりという気持ちになる。
Terima Kasih Banyak (ありがとう!)
家から帰ると、部屋の前にEMS。
日本からのものと一目で分かり、思わず顔がほころぶ。
団長からの手紙と、元同僚からのEMSだ。
手紙は約2週間を経て、たどりついている。
もうすでに何度送ってもらったのだろうか?
本当に嬉しい。
EMSには、新しい日記帳が数冊。
ちょうど2冊目の日記帳が終えるところだった。
グッドタイミングの到着に、さすが○○っちと言う感じ。
こうやって心を和ませてくれる嬉しい便りが届くたび、
ここでもうひとふんばりという気持ちになる。
Terima Kasih Banyak (ありがとう!)
栃木との交信
2009年1月31日(土)
JICA栃木デスクの行事にSKYPEで参加。
年に1回JOCVの保護者を集めて、現地の様子などを伝えてくれる行事だ。
今回、インターネットを使ってのライブ中継を担当したのだった。
任地のスラウェシ島には、私の他に同郷の先輩が一人居る。
2人で、任地の様子や今の心境などを話す時間となった。
去年は栃木に居て、この会に参加していた。
1年間というのは早いものだ。
準備の段階で、SKYPEがうまくつながらないなどトラブルは多々あったが、
その都度マカッサルの事務所の方々や、JICA栃木の担当者の方にお世話になり、
なんとか今日無事に終えることができた。
私の両親、妹が会場に来てくれていて、映像を通して半年ぶりに会うことができた。
カメラを前に、久しぶりに家族の顔を見て本当に嬉しかった。
SKYPEなんて、いつだってできるのだから自分たちでやればいいのだが。
こうやって日本を離れて来たからには、こちらの生活にどっぷり浸かってやろうと決意したところもあり、
あえて必要以上の連絡をとらなかったのだ。
家の事情のため、12月に初めて家に電話をしたくらいでそれまで手紙以外の連絡をとっていなかった。
こうやって直接話をすると、いろんな感情が湧き出てくる。
自分は好きで出てきたのだから、何も思い残すことはなく期待に胸を膨らませ出てきた訳だが。
多くの心配をよそに、ここに来てしまったこと。
表立って反対こそはされなかった?ものの、やはり両親の不安・心配は尽きないこと。
海外旅行にも行ったことのない両親にとって、この世界はあまりにも未知過ぎた。
そんな人たちを残して、いまここに居る自分に問う。
なぜ、そこまでしてここに来たのか?今、ここに居るのか?
それから、元同僚のIさんにも会う。
「元同僚全員で応援しているよ」
という言葉に、胸が熱くなりすぎたので、笑ってごまかしてしまった。
去年の今頃は、現場で一緒に働いていたのが、まるで遠い昔の話のように感じた。
短い時間だったけれど、日本との距離がぐっと縮まり、私の心を弾ませたことは言うまでもない。
こんなに嬉しさを感じることができるのは、こうして遠く離れているからだろうか?
あらためて私を応援してくれる多くの方達を思い浮かべた。
道のりは決して平坦ではないが、
へこたれずに最後までやれるだけのことをやってみようと、思っている。
JICA栃木デスクの行事にSKYPEで参加。
年に1回JOCVの保護者を集めて、現地の様子などを伝えてくれる行事だ。
今回、インターネットを使ってのライブ中継を担当したのだった。
任地のスラウェシ島には、私の他に同郷の先輩が一人居る。
2人で、任地の様子や今の心境などを話す時間となった。
去年は栃木に居て、この会に参加していた。
1年間というのは早いものだ。
準備の段階で、SKYPEがうまくつながらないなどトラブルは多々あったが、
その都度マカッサルの事務所の方々や、JICA栃木の担当者の方にお世話になり、
なんとか今日無事に終えることができた。
私の両親、妹が会場に来てくれていて、映像を通して半年ぶりに会うことができた。
カメラを前に、久しぶりに家族の顔を見て本当に嬉しかった。
SKYPEなんて、いつだってできるのだから自分たちでやればいいのだが。
こうやって日本を離れて来たからには、こちらの生活にどっぷり浸かってやろうと決意したところもあり、
あえて必要以上の連絡をとらなかったのだ。
家の事情のため、12月に初めて家に電話をしたくらいでそれまで手紙以外の連絡をとっていなかった。
こうやって直接話をすると、いろんな感情が湧き出てくる。
自分は好きで出てきたのだから、何も思い残すことはなく期待に胸を膨らませ出てきた訳だが。
多くの心配をよそに、ここに来てしまったこと。
表立って反対こそはされなかった?ものの、やはり両親の不安・心配は尽きないこと。
海外旅行にも行ったことのない両親にとって、この世界はあまりにも未知過ぎた。
そんな人たちを残して、いまここに居る自分に問う。
なぜ、そこまでしてここに来たのか?今、ここに居るのか?
それから、元同僚のIさんにも会う。
「元同僚全員で応援しているよ」
という言葉に、胸が熱くなりすぎたので、笑ってごまかしてしまった。
去年の今頃は、現場で一緒に働いていたのが、まるで遠い昔の話のように感じた。
短い時間だったけれど、日本との距離がぐっと縮まり、私の心を弾ませたことは言うまでもない。
こんなに嬉しさを感じることができるのは、こうして遠く離れているからだろうか?
あらためて私を応援してくれる多くの方達を思い浮かべた。
道のりは決して平坦ではないが、
へこたれずに最後までやれるだけのことをやってみようと、思っている。
職人の技
2009年1月29日(木)
最近良く通っている郡では、村の集落ごとに共同で仕事をしている場所(村人の高床式の家の一階部分)があり、
巡回がてらそこを視察させてもらっている。
今日は村で売るお菓子作りの講習会が開かれるというので、参加してきた。
この村に入ると、道や家の庭のいたるところに素焼きの皿や鍋置きなどが干されていた。
お菓子作りをしていた場所でも、サンバル(唐辛子で作る調味料)用の皿や、鉢植え用のポット、貯金箱の入れ物などを作っているらしく、作業の様子を見ることができた。
県内にある土を使用し、土と水をよく混ぜ合わせて粘土を作る。
その粘土を使い、手回しのろくろを使いながら手際よく形作り、乾燥させてから、野焼きをする。
出来上がったものは色をつけたりニスを塗ったりして、完成させるそう。
キャンプ場でよく子どもたちと作ったものと同じだ。
手製のろくろを使い、器用に形作っていく。
ほんの2分くらいで1つのものを完成させる、その技にびっくり。
おばあさんにいつから仕事を始めたのかと尋ねると、小学校に入った頃からだという。
学校から帰ると毎日手伝っていたそうだ。
もう50年選手のイブの技は、思わず見とれるほどだった。
完成品は、国内の別の島に送られているという。
まだ、海外輸出はしていないらしい。
日本の100均でよく売っている植木用ポットと皿。
これらは、こういう小さな村で1個5円くらいで作られているのだ。
いくら物価の安い国だといっても、5円ではまんじゅう1個も買えない。
1日50個は作るといっていたから、それでも1日250円しか稼げない。(数人で)
ジュースが1本40円、ナシゴレン(チャーハンみたいなもの)が1皿80円位だから、
いかに1日の収入が低いかは分かるだろう。
これでも、仕事があるだけいいほうだ。
仕事がなく、日向ぼっこをしている人がたくさんいるのだから・・・
単純にお金だけを計算すると、こんなにわずかな収入でどうやって
これでも、仕事があるだけいいほうだ。
仕事がなく、日向ぼっこをしている人がたくさんいるのだから・・・
単純にお金だけを計算すると、こんなにわずかな収入でどうやって
生活しているのだろうかと心配してしまうが、それでも生活は成り立っている。
こんな村に昔ながらの職人が居て、その暮らしがある。
何ができるのだろう。
この私に・・・。
こんな村に昔ながらの職人が居て、その暮らしがある。
何ができるのだろう。
この私に・・・。
2009年2月1日日曜日
職員用のコップ
1月27日(火)
職場が拡大され、新しい課になったのはこの前のブログで紹介したとおりだが、
今朝は、上司の粋な計らいで職員用のお茶用コップが用意されていた。
「昨日モール(デパート)で買ってきたんだよ!」
と話していて、パソコンで印字されためいめいの名前ラベルを貼り付けている。
何気なく見てみると・・・
なんと、その中に私の名前もあったのだ!
私の分のカップもちゃんと用意されていた!!!!
今まではどこかお客さん扱いだったり、ちょっとした所で外国人の自分を感じていたが、
こうやって準備してくれた私用のカップは、とても大きな意味を持つと感じた。
「これで自由に飲みたいものを飲むんだよ!」
と同僚も声をかけてくれ、嬉しかったなぁ。
明日日本から送ってもらった緑茶を持ってくると話すと、みんな大喜び!
少しずつ、垣根が低くなってきたのなら、いいなぁ・・・
旧正月!
1月24日(日)
マカッサルに同期隊員と宿泊。
マカッサルに泊まるときは、JICA関係者のお宅にお邪魔するか、安いホテルを利用する。
日帰りで帰れる距離にある(南スラウェシの隊員の中ではマカッサルに近いほうだ)が、
マカッサルに同期隊員と宿泊。
マカッサルに泊まるときは、JICA関係者のお宅にお邪魔するか、安いホテルを利用する。
日帰りで帰れる距離にある(南スラウェシの隊員の中ではマカッサルに近いほうだ)が、
やはり日帰りはきつい。
午後の3時か4時には帰りのペテペテに乗らないと、安全上おもわしくないからだ。
結局じっくり都会での用を足そうと思うと、宿泊することになる。
マカッサルに宿泊するときにたびたび使っているホテルなので、従業員とはすでに顔なじみ。
最近では、いろいろとジョーダンや、近所の話をしたりするようになった。
今回チェックインしてみると・・・
ホテルの入り口はきれいに飾り立てられ、明日が旧正月だということを思い出す。
マカッサルには中華系の人が多く住んでいて、このホテルのある位置も中華街の近く。
ここの経営者も中華系。
だから、なんだかいつもと違って、ホテルもにぎやかな感じ・・・
インドネシアは多宗教国家なので、各宗教の祭日は国民の休日となっている。
だから中国の旧正月も、数年前から祝日になったとか。
ホームスティ先はイスラム教なので旧正月は直接関係ないが、休日だ!と言って喜んでいた。
心なしか街はにぎやかで、外で夕食を済ませて帰るころには新年を迎えるムード満載。
ちょっと日本の新年を迎える感覚と同じ感じがして、ワクワク。
ホテルに戻って、旧正月だねぇ・・・と従業員と話をし、部屋で寝る準備をしていると・・・
部屋の電話が鳴る。
びっくりしながら出てみると、さっき話した従業員が、最上階で新年会(カウントダウンパーティーのようなもの)があるからどう?と声をかけてくれた。
ラッキー!ということで、すぐに準備をして会場へ。
カウントダウン30分前だったのでまずは、パーティー用の食事をいただき、年明けが来るのを待つ。
部屋には日本でいう祭壇のようなものが用意され、豪華に飾られている。
最上階である4Fの窓から下を見下ろすと、路駐車と人だかりでにぎやか。
カウントダウンと同時にたくさんの花火があがる。
花火好きとしては、昨年の夏に見られなかった分、嬉しさ倍増!
ビルに囲まれた中で花火があがるのだが、打ち上げ花火がみられるだけで心がワクワクした。
おかげでホテルの経営者とも知り合いになり、ホテルの1ブロック先にある中華街を見にいってきたら?
と言われ、日本人2人じゃ危ないからと、従業員と娘さんをお供にと言って、私たちを連れ出してくれた。
なんてラッキーなんだ!
こんな貴重な瞬間を間近に見られるなんて!!
同期隊員と2人、大喜びでついていく。
歩いて5分くらいのところに、参拝をする所があり、そこに多くの中華系の人たちが集まっていた。
日本の初詣のようなものだろうか?
次から次へと人並みができ、にぎやか。
すっかり雰囲気にのまれながらも、写真をとりまくる。
日本人だけでは、決してできないこと。
普段はかなり警戒をして、デジカメを出すのも時と場所を考えて使っているのだが。
こうして現地の人がいると本当に心強く、夜の街の雰囲気を楽しむことができた。
本当に、こういう出会いに感謝・感謝!
午後の3時か4時には帰りのペテペテに乗らないと、安全上おもわしくないからだ。
結局じっくり都会での用を足そうと思うと、宿泊することになる。
マカッサルに宿泊するときにたびたび使っているホテルなので、従業員とはすでに顔なじみ。
最近では、いろいろとジョーダンや、近所の話をしたりするようになった。
今回チェックインしてみると・・・
ホテルの入り口はきれいに飾り立てられ、明日が旧正月だということを思い出す。
マカッサルには中華系の人が多く住んでいて、このホテルのある位置も中華街の近く。
ここの経営者も中華系。
だから、なんだかいつもと違って、ホテルもにぎやかな感じ・・・
インドネシアは多宗教国家なので、各宗教の祭日は国民の休日となっている。
だから中国の旧正月も、数年前から祝日になったとか。
ホームスティ先はイスラム教なので旧正月は直接関係ないが、休日だ!と言って喜んでいた。
心なしか街はにぎやかで、外で夕食を済ませて帰るころには新年を迎えるムード満載。
ちょっと日本の新年を迎える感覚と同じ感じがして、ワクワク。
ホテルに戻って、旧正月だねぇ・・・と従業員と話をし、部屋で寝る準備をしていると・・・
部屋の電話が鳴る。
びっくりしながら出てみると、さっき話した従業員が、最上階で新年会(カウントダウンパーティーのようなもの)があるからどう?と声をかけてくれた。
ラッキー!ということで、すぐに準備をして会場へ。
カウントダウン30分前だったのでまずは、パーティー用の食事をいただき、年明けが来るのを待つ。
部屋には日本でいう祭壇のようなものが用意され、豪華に飾られている。
最上階である4Fの窓から下を見下ろすと、路駐車と人だかりでにぎやか。
カウントダウンと同時にたくさんの花火があがる。
花火好きとしては、昨年の夏に見られなかった分、嬉しさ倍増!
ビルに囲まれた中で花火があがるのだが、打ち上げ花火がみられるだけで心がワクワクした。
おかげでホテルの経営者とも知り合いになり、ホテルの1ブロック先にある中華街を見にいってきたら?
と言われ、日本人2人じゃ危ないからと、従業員と娘さんをお供にと言って、私たちを連れ出してくれた。
なんてラッキーなんだ!
こんな貴重な瞬間を間近に見られるなんて!!
同期隊員と2人、大喜びでついていく。
歩いて5分くらいのところに、参拝をする所があり、そこに多くの中華系の人たちが集まっていた。
日本の初詣のようなものだろうか?
次から次へと人並みができ、にぎやか。
すっかり雰囲気にのまれながらも、写真をとりまくる。
日本人だけでは、決してできないこと。
普段はかなり警戒をして、デジカメを出すのも時と場所を考えて使っているのだが。
こうして現地の人がいると本当に心強く、夜の街の雰囲気を楽しむことができた。
本当に、こういう出会いに感謝・感謝!
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