2009年5月16日土曜日

ヤシの木に登る!





 ヤシの実ジュースを飲もうということで、


村の男の子が誘いに来てくれた。
この辺のヤシの木は、任地のヤシの木よりだいぶ背が高い。
見上げてしまうほどの高さだ。


一緒についていくと、
なんとそのヤシの木にするすると登っていった。
何メートルあるのだろうか?
腕の力だけで登っていく。
ヤシの木に登る姿は初めて見たので、
その軽やかさに目が釘付けとなってしまった。
思わず動画もとったほどだったが、
機会があれば早く日本の子どもたちに見せたいものだ。
きっと驚くに違いない!!

同期隊員の任地で



          



          2009年4月9日~
 南スラウェシ州だが、マカッサルと反対方向の県に住む同期隊員の家に宿泊。
彼女は農業の専門で、村で生活をしている。
 タカラール県は主に海に囲まれている地域なのだが、
それに比べてここは山のふもと。
この村に向かう山道のうねり具合が、私のキャンプ場を思わせる。
キャンプ場のある山のふもとの村と、どこか風景が似ているのだ。
山を見上げながらふもとに向かうと、そこにはキャンプ場が・・・
というのは、日本での私。
ところが、なんとこの山のふもとにも、
キャンプ場のような広場があり、家があった。

村の人がとても穏やかで優しい。
この地はタカラールのマカッサル人とは違いブギス人だということで、
顔も違うし、言葉も違う。
タカラールの人たちよりも、穏やかな雰囲気を持つ。
山のふもとでの暮らしは、田畑を耕すことから始まり、
家や、なたの鞘、農耕道具など手作りのものが多く、
本当に私のキャンプ場を思い出した。

 ここでの時間はなんともあらわしがたいが、
とても充実していて、ゆったりと暮らした。
こんな風な生活が、やはり私には合っているのだ!
と再確認。
田舎暮らしを大満喫してきた私は、やはり田舎育ちをかくせない。
村人は、女性が畑仕事をするのはあまり賛成ではないようで、
私や彼女が働いていると、大変だからと力を貸してくれる。
「日本の女性は強いなぁ・・・!」
なんて言われて、複雑な心境?

ここでは無理してがんばる必要がなく、
できないことをできないと言って、力を貸してもらえる。

この村は、
「自分が自分らしく居られる場所」だと、同期隊員は言った。
そんな場所をすでに見つけられた彼女を、
ちょっとだけうらやましく思った。
インドネシアでの生活は、知らず知らずのうちに我慢したり、自分を譲ったり
そういう事が多く、「自分らしさ」を
貫くことが、場面によっては難しいと感じていたから・・・
この言葉がとても印象的だった。

* 山のふもとの写真。紅葉ではなく、太陽の加減でこんな風に見えた。
 ちょっと秋の景色のようで、なつかしかったのでパチリ!

2009年5月3日日曜日

赴任8ヶ月終了!

           2009年3月31日(火)
 インドネシアに来て9ヶ月、任地生活8ヶ月目が今日で終わる。
日本は年度末で、ここに桜はないが春が来ると1年が過ぎたように感じるのは、
学校生活が身についているからだろうか?
 日本のさくらを恋しく思いながら、この地で春を迎える。
ここも雨季から乾季に季節は移り、
日に日に雨は降らなくなり、暑い日が増えている。

 春はあらたな旅立ちのとき。
日本のみなさんも、新しい生活が始まっている頃でしょうか?

中古車を購入



     2009年3月20日(金)
 我が家には車がない。
中流階級だとは思うけれど、そんなに裕福な家庭ではない。
若夫婦は30台前半。まだ若くて子どもも小さい。

 そんな家に、なんと・・・
車がやってきたのだ!
そういえば、数日前に車を買いたいんだよねと話していたような。

 購入した車は
KIJANGというTOYOTA車?
この地方では良く走っていて、なじみのある車種だ。
たいていは、外国でしっかり走っていてお払い箱になったような、
何十万キロも走った車が再利用?されている。
この車も、1988年の車だという。
速度計は壊れていて、時速何キロで走っているのかは謎。
見るからにオンボロの車だが、

ここでは車を持っているだけでかなりのステイタス。
 我が家のパパはまだ運転ができないので、

動かすときには友人に運転してもらっている。
広場で練習をし、上手になったら警察に届けるんだそう。
日本のように教習所のようなものはないようで、
知人から教わるのが一般的だとか。
恐るべし。
でも、みんな器用に乗りこなしている。

 今日はこの車に乗って、初めて家族で外出。
(運転はパパの友達)
今まで親戚の家に行く以外は家族で外出はしたことがなかったので、
楽しかった!
子どもたちはデパートに行きたいとはしゃぎ、
ママは洋服を買いに市場(日本の古着屋通りみたいな所)に寄り、
パパは車屋で嬉しそうに部品を買っている。
こんなふうに休日を過ごしていたんだなぁ・・
とあらためて知ったりして、家族の意外な一面が見られた。

料理コンテスト!


  

    2009年3月14日(土)
 ここはNGOの施設。
JICAの協力で建てられた公民館のような施設とのこと。
このNGOには、過去に4人の協力隊員が派遣されている。
施設には、隊員の活動した軌跡ともいうべき数々の作品が掲示されていた。

今日は他隊員とともに、このNGO企画のイベントに参加。
内容は、なんと!
料理コンテスト!
内容は、キャンプの料理コンテストとほぼ同様。
春宝のように、決められた金額で材料を買いそれを使用して作るというもの。
久々に、沢山の子どもたちを前に、それこそキャンプ気分でワクワク。
この国の子どもたちがどんな料理を作るのか、とーっても楽しみだった。

参加者は小5 約50名。
校長先生がユニークな方で、行事に協力してくれているという。
このコンテストの主旨は、インスタントラーメンの食べ方の栄養改善。
この国の人は、インスタントラーメンが大好き。
毎食のように食卓にあがる。
ラーメンをおかずにご飯を食べるのだ。
子どもたちは、調理していないものを
そのままかじってスナックのように食べることも多い。
ただし、ここでは野菜や卵を入れて食べたりはせず、
純粋に麺のみをゆで、食べるのだ。
この栄養面を改善しようと、料理コンテストが手がけられたのである。
キャンプでは、市場でそれぞれの班が材料を買いに行くわけだが、
ここではあらかじめ家で準備してきた予算内のものを持参。
早速料理作りが始まる。

 包丁の使い方、火の扱い方。
集団の動かし方。
私の所属していたキャンプ場ではタブーとされていたことばかりで、
安全面では危ない!ことの連続で、ヒヤッとすることもしばしば。
安全に関しては、すでに自分の身に染み付いているものが
危険を訴えるのだけれど、
協力者のいないここでは、一苦労。
キャンプ場では、子どもたちが安全に活動するために
リーダーが常に気を配っていたものだったが、
これはキャンプ場でのリーダー訓練のたまものだったのだ。
意識のない人たちの中では、どうってことのないこと!
と済まされてしまう・・・
 この点については、考えるところがあったがコンテスト自体は楽しくすすめられ、
自主的に子どもたちが作業している姿はよかった。
時々お母さんや大人たちが作業を奪ってしまうことがあったが、
子どもたちにはあまり何もさせないこの国では、
この場に来させただけでもよし、という感じなのかもしれない。

 料理は、カラフルで仕上がりもまずまず。
材料がインスタントラーメンということで、
試食の時にはもう麺が延びきってしまっていたのは残念だったが・・・
 インドネシアでの料理コンテストは、
この国で意外だな!
と思わせるような ひらめきと、出来事が重なって
とても興味深いものだった。
インドネシアでキャンプ、
帰るまでにはやりたいと思う。

2009年3月15日日曜日

卒業おめでとう!

   2009年3月9日(月)
 インドネシアはイスラムのお祝いの日で休日。
任地でのんびりの一日。
 日本では、元勤務校で卒業式。
1年前の卒業式は、今でも忘れられないくらい思い出深い一日だった。
今でもつい昨日のことのように、鮮明に思い出すことができる。

 今回の卒業生との思い出は、やはり部活動。
2年生までしか、一緒にできなかったけど。
一生懸命練習をしていた姿が印象的だった。
3年生での成長をこの目で見られなかったのは残念だったが、
その子たちが卒業するのだから、本当に嬉しい。

 心から、卒業おめでとう。
今日が、素敵な未来に続く一日でありますように。

村の小さな売り子さん




     2009年3月8日(日)
生徒の家に居たときのこと。
 通りを歩きながら、声を張り上げている小学生・中学生。
学校から帰ったばかりでそのまま出てきた感じ。
土曜だったので制服を着ていた。
両手には、魚をもっている子。手作りのお菓子の入った箱を持っている子など。
家で作ったお菓子や魚などを売りに行くのが子どもたちの仕事らしい。
何度かこの道を通り、商売を行っているのだ。
まだ子どもなので、「もっと安くしなさいよ!」
と言われると、とても困ったようにもじもじ。
 でも、売れると嬉しそうに帰っていった。
わずかな売り上げだが、ちゃんと稼いでいる。
こういう子が、この村には多くいる。