2009年6月11日木曜日

初ダイビング



    2009年5月21日(木)
 水は怖い。海は怖い。
ずっとそう思っていたから、どんなに友達にすすめられても
チャレンジしなかった、ダイビング。
なぜ潜ろうと思ったのかというと、

こんなダイビング天国の国に派遣されたこと
ダイビングの大好きだった友人の世界を見てみたかったこと
海の世界に興味が湧いたこと
一緒に潜る仲間が居たこと

チャレンジしてみたい気持ちと怖さが半分ずつ。
そんな中、ついにダイビング免許をとることになった!

 インドネシアの祝日を利用して、バリ島へ。
宿泊先もなつかしのSANUR(サヌール)
久々にまた日本の友達を思い出したりしながらの旅。
 ダイビング好きだった彼女が見た世界を
私も垣間見れたように思う。
私もはまってしまいそうな予感・・・

 いろいろと書きたいことはたくさんあるが、うまく言えない部分は省略。
海の世界を知って、感動!!って言葉をかみしめる。
胸がドキドキして、もっと!もっと!とつい夢中になってしまった。
そこには写真の中の世界が、目の前に広がっていた。

 練習ではうまくいかないことも多かったけど、
その都度インストラクターに教えてもらって、総合的には楽しかった!
命のかかる遊びだから、慎重に・慎重に
でも楽しく!というところが、どこかキャンプと通じるものがある。
海の中での技術講習でうまくできたときに
インストラクターと握手を交わす。
その瞬間がとてもうれしくて、うれしくて・・・
そんな感覚も、キャンプ以来だったような気がする。

 インドネシアではあいさつ代わりに握手をするが、
昔から気持ちのこもった握手には、なぜか涙が出そうになる。
自分と相手だけが通じる瞬間。
キャンプの終わりに、握手をする瞬間が重なる。
キャンプの終わりに、自分から手を出すことができずに
大事な握手を逃してしまったことなどを思い出したりして・・・

 気の合う仲間との旅
新しい世界に出会った心地よさ
新たに感じる確信めいたもの

いろいろなことを感じさせてくれる海の中だった。
海の中の世界。
もっともっとのぞいてみたくなった。

赤ちゃん誕生

       2009年5月7日(木)
上司の家で、4人目の子どもが生まれた。
インドネシア人の奥様方はみな体格がいいため、
妊娠したの?なんて聞いてもただの太りすぎだったりすることはしばしば。
私の上司の奥さん(元同僚)も同様、妊娠中だとわかったのは
8ヶ月を過ぎた頃だ。

 任地では、子どもが生まれ1週間も経つと、
Hakekat(ハキカ)と呼ばれる赤ちゃんの名前をつける儀式及びパーティーが執り行われる。
家に大勢の人を呼び、盛大に行うのだ。
男の子ならヤギ2匹、女の子ならヤギ1匹を絞めパーティーで振舞う。
妊婦さんの入院は出産日のみで、1泊するとすぐに家に帰ってくる。
だんなさんは子どもがうまれると職場に出勤しないでよいのは暗黙の了解のようだ。
子どもが生まれたので仕事を休むというのは、正当な理由らしい。
上司のニコニコ顔が、やけにまぶしい。
インドネシア人の、感情の豊かさにはうらやましいものがある。

ジャカルタ生活開始!





         4月26日(日)
 6月にある隊員総会の準備で、ジャカルタへ。
これから1週間、任地を離れジャカルタ生活。
任地生活に慣れた私にとって、
ジャカルタは大都会過ぎて、いつ来てもキョロキョロしてしまう。
都会の生活には、なかなか慣れない私だ。

生徒の家に宿泊

    4月22日(水)
 4月からは、時々村の家に泊まっている。
今回は、生徒の家に初宿泊。
生徒とはいえ、年齢は近く(私のほうが少し年上だが)
しっかり者の彼女にはいつも生活指導?をされている。
―道ははじを通りなさい。
―忘れ物をしないように、全部持ち帰りなさい
―インドネシア語をもっと勉強しなさい

などなど。
村に行くと、彼女の家に滞在することが多いので、
最近はいつ行っても家の人が心良く迎え入れてくれる。
一緒に授業を行ってから、そのまま彼女の家へ。
 この日は夕食を食べてから、村で行われる結婚披露宴?に参加。
村の大通りに面した家で行われたため、
道を通行止めにしながら、村総出のお祭りのよう。
露店のようなもの(オートバイで売りにきている)まで出てしまい、
それはそれはにぎやか!
 ほとんどの生徒が来ていて、声をかけてくれる。
授業にほとんど参加していない生徒にも会ったが、
「せんせーい!」
とくったくなく、遠くのほうから声をかけてくれる。
「元気?たまには学校においでよー!」
なんてこっちも声をかけながら、ついでに家族の人にもあいさつしたり。
 一人でこんなところに居たら、外国人というだけで心配になるところだが、
私が生徒たちと村を歩く姿はもう村人も見慣れているらしく、
知らない人たちからも名前を呼ばれたりして、
なんとか違和感を感じずにここに居られるようになった。
もちろん、生徒たちが最新の配慮を配ってくれていて、
「はぐれないように、ここに居て!」とか、
「○○ちゃんと一緒にいるんだよ」
などと、子ども並みの扱いを受けている。
 ホントは大丈夫なんだけど、一応私も
「ハーイ!」
と気のいい返事をして、生徒たちの指示に従って過ごす。

結婚式は1日中行われ、エレクトーンを使っての歌謡ショーや、のど自慢大会のようなものが開かれたり、新郎新婦に見惚れる人たちが居たりして、夜中の12時過ぎまでにぎやかなようだ。
 私は途中で他の生徒の家に寄り、お茶をご馳走になって、
大満足して家に帰った。
家では寝る前にもかかわらず、
ピサンゴレン(バナナの揚げたもの)を食べてから寝なさい!
と言われ、寝る前なのにー!と思いつつも、
郷に入っては郷に従え・・・ということで、
家族のみんなと食べる。

 翌日は村をぐるぐる回ったり、村の小学校を訪問したり・・・
今回は、生徒の1日の暮らしが分かってよかった。
家の手伝いとは言うものの、結構真剣に働いている。
日本のようにお母さんだけが家事を行っているのとは違い、
家族で分担をしてかなりの家事を行う。
ここにはガスコンロも洗濯機も掃除機も食器洗い機もなく
すべて人力によるから、家事の負担も大きい。

だからこそ、子どもたちは大きな働き手となる。
家の仕事の合間に学校に通う。
かなりの熱意がなければ、学校を続けることは難しいのだな・・・
と感じる。
そこまでしても行きたい!と思えるような学校って、
どんな学校なのだろう・・・?
と考えながら、
どうしたら生徒が学校に来てくれるのかと、今日も思い悩んでいる。

 自分の家に帰ると、背中がかゆい・・・!
昨日生徒のベットに一緒に寝たので、
ダニかのみに喰われたよう・・・
背中一面に赤いブツブツが出てかゆみがとまらなかったが、
これもいい経験!!

お母さんの話

 KO**Aの同僚の子のお母さんが任地へやってきた。
お母さんは日本びいきだそうで、日本語がペラペラ。
私との会話は不自由なく日本語で行えるくらい。
新卒の娘が、一人で海外暮らし!というのが気が気ではなかったらしく
ついにやってきたのだった。

 日本語で会話できる分、お母さんとたくさん話ができた。
彼女は毎日のように、家に電話をしていたらしいが
話の内容がいいことばかりではなく、そばに居られずに
とても心配していたとの事。
まだ若い分、いろいろな事を心配したり、悩んだり、帰国したくなったりしたそうだ。
そんな嘆きを親が電話で聞くにつけ、
帰ってくればいいのに!と思ったとか。
 でも、ずっと一緒にいた私からみると
彼女のそうした思考はまだ任地生活の慣れないうちだけで、
今はかなり楽しんでいるから大丈夫という感じがしている。

 彼女はどこへ行っても値切るのがうまく、(国民性だと本人は言っている)
何事にも強気の交渉で、
私なんかよりよっぽどしっかりしている。

 そんな彼女がお母さんにしっかり甘えている姿を見て、
他のKO**Aのメンバーも家に電話をしていたようだ。

待っていてくれる人がいるというのは、本当にありがたいことだ。
こんな時にしか、なかなか感じられないことだが・・・

我が家のみなさんは、お変わりないでしょうか?

スラウェシの隠れ海へ行こう!



         2009年4月19日
 マカッサルから離れること車で5時間。
ここに、とてもきれいな海があった!
海辺は白い砂浜で、海底がばっちり見渡せる。
青い海とはこのことかと、感激!
密かなリゾートスポットらしいがまだ開発しきれていないようで、
お客もまばらで現地の人たちが海岸で遊んでいる。

小型の舟に乗り30分くらい行くと島があって、
その島の周りも白砂で、透き通る海とはこのことか!
という感じで、海底までもが見渡せる。

 舟から降り、シュノーケリング。
水面から海底を見渡すのだが、きれいな海で
海中のものが良く見える。
カラフルな色の生き物たちの生活が、底にはあった・・・

今までシュノーケリングをした中で、一番良く見れた海だった!!
気分良く、プカプカ浮かびながらわずかな時間を楽しんだ。

先輩隊員の家へ!




     4月13日(月)
マロスの帰りに先輩隊員の家へ。
南スラウェシでマカッサルより北には行ったことがなかったので、
マロスへの旅からこの県への旅は、とてもおもしろかった。
先輩隊員の家は、パロポ人。
マカッサル人とも、ブギス人とも違う。
こんな車で数時間のところで、全く違う民族が住んでいるというのも
このインドネシアならではだ。
 帰国まであと半年を迎えた先輩隊員だが、
その生活ぶりが現地の人との生活にすっかり溶け込んでいて、
そこに住む人たちに愛されているのが、よくわかった。
 とてもその雰囲気が心地よくて、見ている私まで嬉しい気持ちになる。
こういう日々の暮らしの中に、活動の原点があるのだと思う。
自然体で過ごす彼女と居ることで、
私も気持ちよく過ごすことができた。
とても魅力的な女性だ。

県が違うと見える景色も違っていて、
また生活の仕方も変わってくる。