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2010年1月3日日曜日

HARI BUTA AKSARA(識字デー)

















2009年10月29日(木)

2日間にわたって、学校外教育課の州のイベントに参加。
今年の私は、同僚に職員としてやっと認められた?せいか、
前日におそろいのユニフォームである体育着を支給された。
当日は5時にタカラールを出発し、州教育局へと向かう。

 会場では、各県ごとにブースがあり、そこで生徒たちの作品を展示・販売
とはいえ、私の県ではまだ作品らしいものはないので、
地元産業であるソンコ(イスラムの男性がかぶる帽子)や、
伝統菓子などが販売された。
 その一角に、現在手がけている携帯ストラップの展示を行う。
残念ながらインドネシア人にはあまり、馴染みがないよう。
今後販売予定の腕輪を数点置いておいたが、
そちらの方は興味をひいたらしかった。
また、実際に作品作り講座を開き、
お客さんに作ってもらうことに!
ここでは、他の郡の生徒たち(まだ教えていない郡)も興味津々で、
いつの間にかタカラール県の生徒ばかりが作品作りに励んでいた。
新しいほかの郡の生徒たちとも顔なじみになり、ちょっとうれしい。

 それから、県対抗の運動競技や、生徒や教員の能力競争?
(数学早解き・歌唱コンテスト)など
さまざまな企画があり、大賑わいの1日。
 タカラール県民として、同じ体育着を着て、県のブースに座り過ごし、
また競争では、他の職員と共に、生徒や先生方を応援する。

1年前にはたどりつけなかったことだが、
今は当たり前にこの場に自然に居ることができる。
ちょっと体育着はブカブカで恥ずかしかったけれど、
同じ体育着で歩くのは、なんとなく嬉しかった。

こんなふうに、赴任15ヶ月目を過ごしている。

2009年12月20日日曜日

SELAYARへの旅





2009年10月25日(月)


スラウェシの端にある、スラヤール県へ。
スラウェシは広く、南スラウェシでさえろくにまわっていないので、
スラヤールのほうまで行けるとは、自分でも思っていなかったのだった。
(ここへ自力でいくには、交通機関・気合が足りないと行けない)

 SV隊員の仕事に随行し、隊員仲間と。
2泊3日の旅だったが、
軍艦での寝泊り。
広い船の中には、700人以上の乗員がいたとか。
写真はスラヤール県の海&タカボネラテという小さな島々。
空は広く、海は蒼い。
心あらわれるひととき。

ソフトボール大会

2009年10月11日(日)
 
 恒例のソフトボール大会。
日頃ほとんど運動をしないのだが、
唯一運動で汗を流せる機会だ。
この日のためにトレーニングを積もう!
と、試合終了直後には毎回思うものだが、
任地に戻ると継続しないのが難点だ。

 でも、暑い太陽の下
いい汗をかいていると、
ちょっと得をした気分になってくる。

2009年11月4日水曜日

相変わらず停電の毎日


2009年10月9日(金)

最近1日3回停電がある。
1度の停電は2時間以上になる。
昼間の停電の被害は少ないが(TVが見られない、扇風機が使えないなど)
夜はまっくらになってしまうので大変だ。
こんなとき、私が日本から持ってきたマグライトは大活躍。
停電するとすぐに、これを持って自分の部屋を出て行く。
リビングに集まったみんなで、話をしながら電気がつくのを待つ。
蒸し暑く、薄暗い中で、話し声が響く。

真っ暗の中、子どもたちはごはん。
私たちは電気がついてからごはんだ。

講座開催



2009年10月8日(木)

郡の担当者向けの講座をやっと開くことになった。
企画の段階からこの日を迎えるまで、実に数ヶ月以上経っていた。
企画の内容はいいというものの、費用をどこから出すのか?

という問題と、この国特有ののらりくらり・・・という点で、
延びに延びになり実現化しなかったのだった。
 
 教育局から私の活動への要望の一つが、技術講座の開講である。
活動1年を過ぎて、やっと配属先の要望に一つ答えることができた。
この技術講座を、これから定期的に行っていく。
この講座は、郡の担当者向けに開講し、郡の担当者→PKBMの教員→生徒 

という流れで教えられていくことになっている。

もちろん、各郡で講座開講の際には、私も一緒にインストラクターとして同行するということにする。
郡の担当者には、技術講座に自分が参加することによって、
技術を得ながら自分のPKBMで実施可能かどうかを計ってもらう機会としても役立ててもらう。

そんなことをもくろみとして、実施された。
今まで県で行われる他の活動を見てきたが、郡の担当者もしくは教員のみが技術を得るものの、

生徒にまで還元されないのが気がかりであった。
講座を受講してそれで終わってしまうのだ。
私の講座は、本来の目的である生徒たちへ還元されるまでを1サイクルと考え、
そのフォローアップまでしていきたいと考えている。

第1回は、郡の担当者たちが最も興味を寄せている『携帯ストラップ作り』にした。
今日は基本の『平編み』を教えた。
日本のように開始時間に集まってくれるわけではないので、
来た人から教えていき個人対応になるので、その点が少し難しい。
一斉に話を聞いてくれて同じことができるのは、やはり日本人だからできることなのかもしれない。
8時集合で通知を出したが、実際は9時頃にならないと人は集まらないというのを
ここでの暮らしで学んでいたので、気長に待つことに。

(それでも自分は8時前に会場に・・・ここは日本人としての私だ)
9時過ぎても誰も来なかったのにはちょっとドキドキ。
でも、9時半頃にはぼちぼち集まってくれたので、良かったなと思う。

 講座自体も、技術を覚えるだけが講座だと思っているようだ。
私はここで、もっと理論的な話もしたいと思い、準備していったのだが・・
話を聞いてもらえる状態ではなかったので、その部分は次回に持ち越すことに。
まあ、初回から焦りは禁物。
まずは参加者が楽しんで、興味を持ってくれるのが一番!
と、考えることにした。
そんな中での再発見一つ。
 参加者の中で、思わぬ人が熱中して、とても興味を持ってくれた。
今まであまり話をしたことがなかった人なので、この時間を媒介に、ぐっと距離も近まった。

 この講座でやる気を持ってくれた人を大事に今後やっていきたい。
またあらたな活動の糸口がつかめたような気がしている。

心を動かすもの

2009年10月7日(水)

日本からの郵便。
山の師匠からの便りだった。
送り主の名を見ながら、まさかー!と嬉しくなった。
見慣れた字で、書き綴られている。

今ここで活動しているアクセサリー作りは、もとはといえばこの方から山で教わったものだ。
他にもたくさんのクラフトをはじめ、子どもたちとの接し方やここに書ききれないほど、
多くのものを学ばせてもらった。
キャンプ場のことはこのブログでもいろいろと書いているが、
このキャンプ場との出会いとそこで暮らした日々が、私の軸となっている。
そのキャンプ場の持ち主である。

 その手紙にあった
『今しか出来ないことは、今やろう』

机の前に貼ってあるキャンプ場の写真を見ながら、
この数日がっかりしていた気持ちがどこか晴れていくように感じた。
くよくよしているひまはない。
この言葉を胸に、前進あるのみだ!

帰国したら、
胸を張って山へ上がる自分であるために、
くじけずやっていける私でありたい。

たくさんのお父さんお母さん

 2009105日(月)

 協力隊員の活動視察に20名ほどの方々が大阪からインドネシアへやってきた。

マカッサルを拠点に、2日に渡って数名の隊員の活動を見学するそうだ。

 夜の晩餐会に隊員が呼ばれ、私を含め8名の隊員が参加。

おいしい夕食と語らいの時間を過ごさせていただいた。

 隊員としての活動内容や、生活の様子を聞かれ

自分のことを話す。

先日の説明会がうまく行かなかったことを話すと、

励ましてくださり、少し心が和んだ。

1度失敗したからといって、チャンスはまだ残っているのだ。

説明会はうまくいかなかったが、

カスマとウニは一生懸命商品を作ってくれていることには変わりがない。

会の最後に、村で作った商品をPRし買っていただいた。

大量購入していただき、在庫がほとんどなくなるほどに・・・。

『ピンチの後にはチャンスあり。』

ソフトボールの監督が、いつも言っていた言葉だ。

多少うまく行かないことがあっても、きっと次のチャンスがやってくる。

その時のためにがんばろう!

今日の販売を経て、また村の子どもたちのモチベーションがあがるといい。

何と言っても、私自身が嬉しいのだから。

まだまだ私の活動は中盤。

あきらめず粘り強く、活動をしていこう!

2009年10月27日火曜日

村での説明会

2009年10月1日(木)


朝10時から、アクセサリー作りのグループ立ち上げの説明会を行う。
今までこのグループ作りに関しての話は個人個人にしていたので、
すでに数人が参加の意思表示をし、この説明会を待っていてくれた・・・
はずだった。
対象は、卒業後もこの村以外で仕事を探すつもりのない生徒たち。
家の仕事の合間に、内職としてできるというメリットがある。
昨日生徒の家を全部回り、説明会に来ないかと誘った。
その時の手ごたえでは興味を持ち来てくれる感じだったので、
準備にぬかりなく、期待も大きい。

 開始時間を1時間過ぎても、誰一人来ない。
まさかと思いながらも、待つ。
やっとUNI(ウニ)が来てくれた。
2人でみんなが来るまでと、アクセサリー作りをして待つが
残念ながら他のメンバーは来なかった。

一番熱心にアクセサリー作りをしてくれているKASMA(カスマ)は
パーティー準備にかりだされあらかじめ来られないことを伝えてくれていたが。
他のメンバーは一体どうしたのだろう・・・

期待していた分、落胆も大きい。
一人しか来ないと言う現実も、一人来てくれて、ありがたいと考えよう。
こんな風に一筋縄でいかないところに、
この国の現実があるのだから・・・

そうは分かっていつつも
自分のモチベーションがさがってしまったことを感じ、
この気持ちを少しもてあましている。